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日本キリスト教団高砂教会ブログ Weekly Church News

高砂教会広報部がお届けするHOTな情報☆日々のアレコレ!
復活祭 喜びと感謝の一日

2017.04.16 復活祭(イースター)特別礼拝の一日
早天礼拝から1部礼拝、2部礼拝とイエス様の復活を喜び、イエス様を死から復活させた神への感謝を捧げる感動の礼拝でした!

イースター早天礼拝


イースター特別礼拝2部(午後)

1部(午前)礼拝の写真を撮り忘れていました(T_T)1部礼拝はたくさんの方々が来られていました!


そして夕方からは、ご馳走や余興が盛り沢山のイースター晩餐会に突入!







霊も心もお腹も満たされた1日でした(*^▽^*)

イエス様の復活を感謝しますー!


- / 14:16 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第16回

第16回


悲しい大きな教会分裂という痛手を負った高砂教会でしたが、それでも教会の歩みは止まることなく進められて行きました。


あの失った教会堂建設の用地には、兵庫県の肝いりで分譲住宅が建てられました。

祈りの中で神様からの強い啓示を受けた夫は、個人で購入する決断をしたのでした。

神さまは私たちの祈りを見捨てることなく、牧師館として購入する道を開いて下さいました。

経済的にはローンの借り入れ資格に達しない私たちに、いくつもの奇跡の手が述べられて、購入が可能となりました。

その住宅は、深い緑に覆われたユーカリの並木道が続く公園を抜けた場所にあり、当時としてはとてもオシャレな住宅街でした。


分裂の傷を抱えた重い心を引きずりながら、どうやって引っ越しの荷物をまとめたのか記憶がありません。
引っ越し当日は雨模様の中、手伝いに来てくれたのは、高校生を含む数名の若者とわずかな婦人たちでした。

これまでの酷い雨漏りのする牧師館から、真っさらな素敵な住宅に移れる喜びより、これで良かったのだろうかと言い知れない不安に胸が締め付けられたのでした。


それから間もなくしてある方がやって来られ、「高砂教会は、もうすぐ先生たち夫妻を残して殆ど誰もいなくなるだろう」と言われました。


その言葉が頭の中で、鐘を鳴らすように響きわたり、眠れない夜を過ごしたのでした。


やはりその後、すでに教会を去られた方々からの揺さぶりが水面下であったようで、特に若い方々が次々と躓いて去って行かれました。


こうして、私達が着任した時におられた方は、二組の夫婦と三人の婦人たちしか残っていませんでした。


しかし神様は、一方的な励ましのシャワーを意気消沈した教会に注ぎ続けてくれました。
前回書きましたように引き続き、ユースウィズ・ア・ミッションチーム(以下YWAMと表記)を次々と送ってくださいました。


また、教会に滞在して伝道の働きを助けてくれる宣教師も送られてきました。

アメリカのYWAMの若いミア、フレーリー宣教師が一年間滞在され、英会話教室を開いて伝道の窓口となってくれました。


また、ミア、フレーリ師と交替に、フィンランドのYWAMから若い独身女性のハンネレ師が5ヶ月間滞在され、その後同じくフィンランドよりリトワネン夫妻が宣教師として数年間滞在され、共に働いてくださいました。

写真中央の女性がハンネレ師


国内では、シニアバイブルクラスを導いていた浅原神学生と同じ聖書学校を卒業した津留田伝道師が着任されました。


また、その他にも国内や海外から、多くの牧師や宣教師が訪れてくださり、神様がこの数年間の教会回復プログラムを企画されたとしか思えない助けと訓練をなし続けて下さいました。


消化しきれないほどの神の愛が、高砂教会と信徒たちに降り注がれた時代でした。


分裂直後、オーストラリアへ新婚旅行に行かれた松本美和姉が、YWAMのダグラスクール牧師と再会し、現地のカトリック教会でのカリスマ集会に参加した折、カトリックのブラザーによって語られた預言の言葉が着々と現実になって現れて来るのを目の当たりに見ているようでした。


「万軍の主は言われる。高砂教会はひとつのコップのようです。このコップは今は神の祝福がすっかり去って無くなってしまったかのような状態です。しかし、そのコップが空っぽになる、まさにその時から、神は御霊と愛と祝福をこの中に一杯になる迄満たされます。やがてコップは溢れ出し、御霊と愛とを地域の多くの人々に分かち与えて行くでしょう」


こうして教会は強められ、救われる人々が増し加わり、いつの間にか10年という歳月が経っていたのでした。


そして神様は私たちに思わぬプレゼントをくださったのでした。
それは、共に霊的な戦いを歩んでくれた愛する教会員たちから、牧会10周年を祝っての記念イスラエル旅行でした。
学生、青年、主婦たちが主な信徒たちでしたが、多額の費用を惜しみなく喜んで捧げてくれました。
夢のようなイスラエル旅行でした。聖地に立った時の感動は、これまでの苦労が全て恵みに変えられて行く時となりました。

皮なめしシモンの家にて


「恵まれた女よおめでとう!主があなたと共におられます」と、受胎告知の知らせを受けたマリヤに御使いが語られた言葉が私にも語りかけられました。


畏れ多い言葉ですが、この言葉をしっかりと胸に納め、マリヤのように従順に主に従う者とならせて頂きたいと、悔い改めと共に新たな献身の誓いを秘かにしたのでした。

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美智子の牧師夫人物語 / 12:48 / - / -
聖日の一日 2017.04.02
4月になりました(^^)
新しい年度がスタート!新生活が始まる人が多いこの時期です…

教会学校では進級式が行われました。
礼拝は中高生が導きました(*^^*)
讃美も

メッセージも

証しも

礼拝の後はいろいろ表彰式!


最後は教会学校校長である新谷主任牧師先生からの激励メッセージ(o^^o)



そして、一部礼拝の報告の時間には、新社会人になる人、進学する人たちの旅立ちを祝福し、祈る時を持ちました。

彼らが新しい場所でいつも神様と共に歩みますように!


夜の讃美夕拝は、今年2月から行われているセミナー「幸せなクリスチャンファミリー」がありました。

講師はおなじみのアンドリュー カウンセリング牧師です。

第2回目の今夜は、「愛とリスペクト」について深く学びました。



次回は2017年6月18日19:00〜です。
今回も祝大があります!

この事を祈り続けましょう!








- / 22:21 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 子供の間違いを「罪」にしない ☆ ** ホザナ通信2014年10月号より

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 子供の間違いを「罪」にしない ☆ ** ホザナ通信2014年10月号より

 ホザナ通信を楽しみ読んで下さっている皆様、最近発行が遅れ遅れですみません。やっと10月号です。


 今月は「人生を楽しく幸福に生きる法」(青木仁志著、柿谷正期監修)を読みました。
職場の人間関係、夫婦関係、親子関係を潤滑にするアドバイスが満載です。
その中から第6章「子供との上手な距離感のはかり方」にある「親は何故、子供の間違いを『罪』にしようとするの」を紹介したいと思います。
 人間には失敗がつきものということを、片時も忘れてはいけないのです。
それは子供でも大人でも同じです。
大人でも、食事中にこぼしたりコップをひっくり返すことがあります。
毎日の生活のなかには、「ついうっかり」ということがよくあります。
問題なのは、子供の「そそう」に対する親の接し方です。
失敗したことを責め続ける傾向があるのです。

 変えたばかりのしかもお気に入りのテーブルクロスに、子供がジュースをこぼしたとします。
こういうときに、ほとんどの親は「何てことをするのッ!」と語気を荒げます。
そして「まったく、あんたはいつもそうなんだから」とトゲトゲしく続けます。
心当たりがありませんか。

 さらには、「忙しいときにかぎって用を増やすのだから」と怒ります。
さてこの場合、誰が中心になっているのでしょう。
そう、親です。親が利己的になっているのです。子供、とくに幼児は、やることなすことが稚拙で、失敗や間違いもたくさんしでかします。

でも、それが子供の特権であり、それを繰り返すことでだんだん上手にできるようになっていくのです。
 そのプロセスを温かく見守ることもなく、親の都合や気分を優先させるので「言葉の虐待」とも受け取れることが平気で言えるのです。
これでは、子供は自分の失敗や間違いを「罪」と感じるようになります。
親自身が、まったく違う価値観と心の傷を植えつけているのです。
結果、子供らしい幼少期を味わうこともなく常に、親の顔色をビクビクうかがいます。
 それが「トラウマ」となり、精神不安定やうつ、引きこもり、過食・拒食になりやすい性格を形成します。
全ては親の無自覚が原因です。

子供のそそうは罪悪ではありません。
それらがキチンとできるようになるには、時間がかかります。
叱ることには何も意味がありません。見守ってやる親の心が必要です。

 確かに子育てには時間と手間がかかります。
乳飲み子の場合はいいのですが、ある程度大きくなって自分で何でもやろうとする子供(第1次反抗期)には、親はついつい大人と同じレベルで見ようとしてしまうことがありますね。
結局できなくて却って時間と手間がかかってしまう子供の姿に、親はイライラしてしまうのです。
そして、そのできないことがまるで「罪」であるかのように、キツイ言葉を子供に浴びせてしまいます。
 私達大人も、かつて子供の頃には同じだったのです。
注意されても、何度も同じ間違いや失敗をしてきました。
その度に、何十回、何百回と親を困らせ、後始末をしてもらっていたのです。
その忍耐力と愛情にはただただ感謝あるのみです。
結果だけを見ないで、成長のプロセスを温かく見守っていきたいですね。
 子供との関係だけでなく、大人同士の関係においても、「ついうっかり」「他のことに気を取られて忘れしまっていたこと」を罪でもあるかのように追及してしまうことがあります。
しかしその様な追及が、相手の心にダメージを与え、心を開いた関係を壊してしまいます。気を付けたいものですね。
さて、聖書にはこんな言葉あります。


『 あなたは正しすぎてはならない。知恵がありすぎてはならない。なぜあなたは自分を滅ぼそうとするのか。悪すぎてもいけない。愚かすぎてもいけない。自分の時が来ないのに、なぜ死のうとするのか。 』    伝道の書7章16-17節
    
 親子関係を含めたあらゆる人間関係において「正しすぎる、知恵がありすぎる、悪すぎる、愚かすぎる」には気を付けましょう。
日本的にいうなら「ほどほど」「お互い様」を忘れないことです。

                                                  

日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂
ホザナ通信2014年10月号より


子育てや人生に関する記事が連載されている
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興味のある方は高砂教会へご連絡ください。

ホームページ:http://takasago-church.com/


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新谷主任牧師 / 14:12 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第15回

第15回


1979年から1980年は、高砂教会の歴史に残る激動の年であったと思います。

 

信仰理解の違いからくる激しい対立の最中、ユース・ウィズ・ア・ミッション(以下YWAMと表記)宣教チームの来訪によって開かれた伝道集会は、信徒たちの信仰が燃やされて、女性聖歌隊や有志の賛美チームが結成され、たくさんの方々が集められ、大いに盛り上がった伝道集会となりました。

 

 

また、チームと一緒にトラクトを配ったり、伝道に出かけたりした者たちは、喜びに溢れ、いつ迄も時間を共有したくて、夜遅くまで教会に入り浸っていました。

 

教会員たちは、宣教チームの方々から溢れ出る神の愛と聖霊の清々しさに触れて、さながら神の国にいるような交わりを体験したのでした。

 


また、その年から始められた高校生をターゲットにした「シニアバイブルクラス」は、多くの高校生が教会に足を運び、救われる若者が次々と起こされた日々でした。

 

その中の1人が、現在、高砂教会の主任牧師である新谷和茂先生です。

↑大学生の頃の新谷青年

 

 ↑主任牧師となられた新谷先生

 


このようにして、聖霊さまから来る喜びに満たされていく人々と、これまでの高砂教会の信仰の在り方を守り通そうとされる方々との温度差が、どんどんと開いて行ったのでした。

 

ここに至るまで、神様は必ず最善をなしてくださると、集まってはよく熱心に祈りました。

 

また特に、朝早く仕事や学校に行く前に教会へやって来て、私たち夫婦と共に祈ってくれた若き姉妹たちとの時間を忘れることができません。

 

このような対立が続く中で、肉体的精神的には大変疲れていましたが、それに反比例するかのように、私の内なる魂は喜びに満たされていました。

 

自分でも、「こんなに大変な苦しい状況なのに、不思議に喜びが湧いてくるのはなぜかしら?」と首を傾げるほどでした。

 


その後、二回に亘る教会総会おいて、教会堂建設用地取得が却下されました。

 

この事が決定的な出来事となり、その年の年末に十数名、翌年の4月に二十数名の方々が教会を去って行かれました。

 

そんな苦しい教会の状況を、神様は見捨てず励まし続けてくださって、以来数年に亘り次々とYWAMのチームを送ってくださいました。

 

そして数々の励ましの御言葉が、YWAMのメンバーから贈られ、手束牧師と教会員たちは暗いトンネルを抜け出して、新たな希望を見つめて立ち上がり始めました。

 

どん底にいながら、神様からの励ましと希望をたくさんいただいた不思議な体験の日々でした。


経済的に教会を支えておられた方々が去って行かれた後は、女性たちと若者たちがほとんどの教会となりました。

 

礼拝も半分以下の人数となり、オルガン奏者4人も去って行かれ、なんと!少ししかピアノを習っていない私が、下手な奏楽をするしかありませんでした。

 

 

ある真冬の日の礼拝で、主人のメッセージ前の賛美歌を弾き終わったとき、3歳だった次男が教会裏のドブ川(工場からの排水路)に落ちたとの通報が入りました。

 

慌てて飛び出すと、川から引き上げられた目だけ白い全身真っ黒な生き物が、ガタガタと震えながら猛烈な悪臭を放って立っていました。

 

すぐに我が子と分かり、自転車の後ろに乗せて、5〜6分離れた牧師館に連れて帰りました。

 

シャワーで全身を洗い流すと、髪の毛からマンガに出てくるような魚の骨が、ポロっと落ちました。
風呂場から悪臭が消えるのに、1週間かかりました…。

 

急いで教会に戻ると、ちょうどメッセージの終わりにぴったりと間に合い、何食わぬ顔で、賛美歌の伴奏をしたことを懐かしく思い出します。
てんやわんやの一コマでした。


 

 

 

 

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美智子の牧師夫人物語 / 10:07 / - / -
デュナミスコース
2017年2月13日(月)から16(木)まで、高砂教会において「デュナミスコース」が開催されました。

デュナミスコースでは、アメリカ長老改革教会聖霊刷新協議会(PRMI)によって「聖霊の神学」を体系的に、また実践的に学ぶことができます。

今回が最終回となり、過去7回の総まとめの学びとなりました。

8回にわたる学びによって、PRMI講師陣の先生方とも絆が深まり、最後お見送りする時は涙、涙でした。
素晴らしい学び、交わりを心から感謝します!















- / 15:59 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ イソップ童話からの知恵 ☆ ** ホザナ通信2014年9月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ イソップ童話からの知恵 ☆ ** ホザナ通信2014年9月号より 

 みなさん、ごきげんよう!
ホザナ通信8月号は結果的にお休みになり、9月号をお届けいたします。
朝夕がめっきり肌寒くなりました。どうぞ健康にはくれぐれもお気をつけください。

「ヘタな人生論よりイソップ童話(植西聰著)」という本を読みました。
イソップ童話と言えば「アリとキリギリス」「北風と太陽」「ウサギとカメ」「オオカミ少年」しか思い出せないのですが、その他にも400篇以上あるそうです。
紀元前600年頃、ギリシャを牛耳っていた独裁者の圧政の中で、イソップなる人物が、政治や社会情勢の風刺を動物にたとえて物語っていったのが、イソップ童話の誕生につながっていったそうです。
植西氏は、イソップ童話71篇を現代風に解釈し、しあわせに生きるヒントを伝えています。
その一例。
「ウサギとカメ」は一般的に「真面目にコツコツと努力を積み重ねていけば、大願成就を果たすことができる」
「どんなに才能があっても油断をすると、努力する人には勝てない」といった教訓として語られます。
しかし植西氏は「夢・願望の実現や成功のゴールを目指して、ガムシャラに突っ走るばかりが人生じゃない。
身体を壊し途中でダウンしようものなら、それまでの努力も、輝かしい未来も、水泡に帰してしまう。
だから、カメのようにマイペースで動き、過度に心身を酷使してはならない」と解釈します。
なるほど!ユニークな解釈です。
いきなり成果を出そうと焦って過度に頑張ってしまうと長続きしません。
「今がチャンス!」「ここぞ!」というとき以外は、カメのように、焦らず、マイペースに無理なく進むことが大切なのでしょう。
自分のできる範囲でコツコツをどりょくを積み重ねていけば、困難と思えることであっても、いつしかチャンスが訪れ成功できるものです。
植西氏はこの本のまとめとして次の様に要約しています。

●人生(運命)の善し悪しというものは、その人の心の状態によって決定する。
●なぜなら、人間の心の奥底にある潜在意識には、想念を受け入れると、それをさまざまな現象として引き出す性質があるからである。
●ただし、幸福や成功といった良い現象のみを実現させたいのならば、常に次のような6つの心、考え方で日々を過ごす必要がある。

  〜蠎蠅領場でモノを考える心。思いやり、共感能力等(尊重思考)。
  ⊃佑亡遒咾鰺燭┐茲Δ箸垢訖粥0情、善意等(喜与思考)。
  どんなことでもプラスに考える(楽天思考)。
  ぜ分自身を大切にする心。快適に生きようとする気持ち(快生思考)。
  ジ従に満足することなく夢や願望を持つ心。また、生きがいを創造しようとする気持ち。向上心・探求心等(上昇思考)。
  Υ衙消成や生きがいの創造に向けて、積極的に考え、行動しようとする心。情熱・信念等(行動思考)。

 

 聖書はこう語っています。

「油断することなく、あなたの心を守れ、命の泉は、これから流れ出るからである。」箴言4章23節

生きる力は肉体から出てくるのではなく、聖書が言うとおり「心」から流れ出るのです。


だから「油断することなく心を守れ!」と教えられているのです。
しかし私たちはウッカリ油断しているうちに、心が否定的なもの、自己中心的なもの、消極的なものに汚染されてしまいます。
雑草はいつの間にか大きく成長してしまいます。
心をよく見張り、上記の「しあわせをもたらす6つの思考」を心に留まり続けるようにしたいものですね。

                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年9月号より


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新谷主任牧師 / 23:42 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第14回

第14回

 

高砂教会着任から3年目に起こった神様からの一方的な聖霊の注ぎは、教会にとって大きな恵みの時と同時に試練の幕開けとなりました。

 

信仰理解の違いは、礼拝の中に張り詰めた緊迫感として現れ、目に見えない霊的な対立が増していきました。

 

礼拝後、手束牧師のメッセージに対する批判の根拠を聖書の中に見つけようと、血まなこになって探している方々の姿が今も昨日のように思い浮かびます。

 

この様な状況にあっても次々と霊的な信仰の指導者たちが教会に送られ、信徒たちの信仰が燃やされて行きました。

 

また、この流れは毎日新聞記者の聞き及ぶところとなり、毎日新聞「シリーズ宗教」欄に取り上げられ、「カリスマ運動」として全国に報道されました。

 

 

そしてさらに、神様は手束牧師を国内外の偉大な霊的指導者の方々と出会わせてくださり、更に信仰がダイナミックに変えられて行きました。

 

1979年夏には、海外から素晴らしい若者たちの宣教団体(ユース・ウィズ・ア・ミッション)が来日し、高砂教会にも4名の方々が2週間に亘り滞在されました。


彼らの働きを通して、私達は言うまでもなく、信徒たちの受けた影響は計り知れないものがあり、衝撃的な出会いとなりました。

 

 

 


丁度その頃、前回触れました会堂建設の為の土地購入の話が持ち上がり、その決議をする総会が開かれました。

詳しいことには触れませんが、決議に必要な3分の2の賛成票が、僅かに2票足りずに否決されました。

 

この土地取得の総会を開くまでには、熱い祈りが積み重ねられ、奇跡に近い素晴らしい条件の土地(カネボウ紡績の工場閉鎖により造成された一大住宅地の一角)が提供されていました。

 

この取得の為の臨時総会には、私達の着任以来、ほとんど顔を見たことのない信徒の方々が何人も来られ、土地購入に真っ向から反対し、採決で反対票を投じたのでした。

 

これまで逆風を受けつつも、神様は祈りに応えてこの土地を必ず取得させてくださると信じ続けてきた手束牧師、そして思いを一つにしていた信徒達にとって、それは信じがたい衝撃的な幕切れとなりました。

 

その時、手束牧師は議長席の机に突っ伏して茫然自失に陥り、その失望・落胆ぶりに対して、かける言葉を見つけることができませんでした。


神の御心を見失い、信仰の根幹を揺り動かされる危機的心境だったと思います。

 

しかし、その夜の讃美夕拝において、2人の若い姉妹たちによって会堂建設がやがて復活するとの希望の預言が与えられたのです。

 

この後、既述のユース・ウィズ・ア・ミッションのチームリーダーであられたダグラス・クール牧師が再度、遠くオーストラリアから駆けつけてくださいました。

 

そして再び、祈りによる総会を提示、指導してくださり、参加者全員が祈りと賛美の中で神様の御心を聴いて投票するという方法を行いました。


しかし、結果は変わることがありませんでした。

 

 

辛い時代でした。


3人の幼い子を抱え、気の休まることのない激しい対立と抗議の嵐の中に立たされた夫を支えることが出来たのは、ひとえに神様の心憎いまでのご配慮でした。

 

先に両親の通った凄まじい道を娘として生々しく体験していたことは、大きな恵みでした。

 

全く同じ展開が開けるに連れて肝が据わってくる自分を覚え、ひたすら主の助けを祈るばかりでした。
娘時代の体験がなければ、この時期を乗り越えられなかったのではないかと思います。

 

気がつけば、ジェットコースターに乗せられて、息もつけないくらい目まぐるしい流れの中に引っ張り込まれたような私達の歩みでした。

 

はっきり言えることは、神様は私達の思いをはるかに超えてご自分の業を推し進められたのだということです。

 

 

この後、出来ることなら絶対に避けたいと願っていた分裂への流れは、止めることの出来ない現実のものへと進んで行くのでした。

 

 

 

 

 

 

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美智子の牧師夫人物語 / 08:00 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 不幸を人のせいにしない ☆ ** ホザナ通信2014年7月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 不幸を人のせいにしない ☆ ** ホザナ通信2014年7月号より 

 

 暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。
 7月号も遅れてしまってすみません。

「ひとり悩むあなたを支える言葉―心を救った偉大なセラピストの教え―」(諸富祥彦著)という本があります。
セラピストの短い言葉を紹介しながら、諸富氏が解説を加えていくという構成になっています。
今月はその一つを取り上げます。

        不幸を他人のせいにするのをやめて、
        ただ自分自身を生きよ。
              フレデリック・パールズ

フレデリック・パールズは、ゲシュタルト療法の創始者です。
今の人生に満足していない時、「幼い頃に両親が私のことを十分愛してくれなかったからだ」と、過去や他者にその原因を求めることが、私たちにはしばしばあります。
「子どもの頃に、両親が私を愛してくれなかった。
それが私のすべての不幸のはじまりです」と語る方は少なくありません。
けれども、他者と過去は変えることができません。

他者が過去に自分にしたことを今から消し去ることはできないのです。
したがって、他者が過去に自分にしたことを、自分の不幸の原因として思い描いている限り、その人に真の幸福はやってきません。
パールズはこうした人生態度を厳しく戒めます。
不幸を他人のせいにするのはやめよ。

そして、ただ自分自身を生きよ。
あなたの人生に対して責任を取れるのは、あなた自身だけなのだから、と。
他の誰もあなたの人生に対する責任を取ってくれません。
考えてみれば当然のことではありますが、人生のこの冷厳な事実を直視せよ、とバールズは私たちに言うのです。

「不幸を他人のせいにしない」生き方。
これは、福祉や保障などが他国に比べて充実している日本においては、いくら強調してもしすぎることのない生き方です。
 

思いやりあふれた日本社会は、自分の幸せを人や社会システムに依存して成立させようとする未熟な体質を醸成しやすいのではないでしょうか。
その結果、妙な逆恨みによる事件が起こります。

 

勿論、様々な事情で人の助けを借りたり、社会システムの支援を受けることは、悪いことでも恥ずかしいことでもありません。
しかし基本的に、私たちは一人の自立した社会人として、自分の幸せや将来を自分で選び取り、必死で努力しながら取り組んでいくというのが本来の姿であります。
しかし未熟な依存体質は、選択の自由と責任そして努力を無視して、選択できなかった原因を周囲のせいにし、今の不幸を周囲の責任にしてしまいます。

 

私は牧師として結婚式の司式をすることがあります。
その際決まってアドバイスすることは、「お互い相手に幸せにしてもらおうなどと思わないこと」ということです。
幸せ一杯の新郎新婦にいきなり水をぶっかけるアドバイスです。
しかし「相手に幸せにしてもらおう」という思いが強ければ強い程、そうならなかったときの落差が大きく、最終的には「この人のせいで私の人生はむちゃくちゃにされる」という怒りがわき起こってしまうからです。
「相手に幸せにしてもらおう」という未熟な依存心から「相手の幸せのために何が出来るか。相手と共に幸せを作り上げていこう」という成熟した自立心が必要です。


こういう成熟した自立心をどうしたら養うことが出来るのでしょうか。
それは真に依存できる存在に気付くことから始まります。
矛盾しているようですが、真の自立は真の依存によってのみ可能となるからです。

真に依存できる存在とは人間の創り主である神です
見えざる神に依存していく時に初めて、人は自由になり、成熟した自立心を養えるようになります。
不幸を人のせいにしない覚悟。
将来を選び取る自由と責任と努力。
相手の幸せのために仕える心の広さ。
人生を楽しむユーモア。
こういう成熟した心を持ちたいものですね。

 

あなたがたは鼻から息の出入りする人に、たよることをやめよ。イザヤ2章22節 

                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年7月号より


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新谷主任牧師 / 22:03 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ビジネス界でも神様は働かれます ☆ ** ホザナ通信2014年6月号より

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ ビジネス界でも神様は働かれます☆ ** ホザナ通信2014年6月号より 

 

 

入道雲がわき、太陽が白く輝く季節となりました。皆様はいかがおすごしですか?


さて今月は「中野雄一郎トップ対談・ビジネスは聖書力―天命に安んじて人事を尽くさん」(サイトブックス)という本を読みました。

 

世界中を跳び回っている中野雄一郎牧師が11人のクリスチャン実業家を訪ね、ビジネスと信仰などについてインタビューした対談集です。

 

日本にあまたの実業家がいますが、クリスチャン実業家も意外といるのです。

 

ビジネス界はお金の駆け引きがあるので、きれい事だけでは済まされないダーティな面があることは否めない、厳しい現実でしょう。そんなビジネス界でクリスチャン実業家として信仰とビジネスを調和させながら会社を経営するのは大変なことでしょう。

 

否、そんな世界だからこそ、神の活きた働きを体験してきたクリスチャン実業家の言葉には力があります。


この書物に掲載されている11人のトップリーダーのとりは、なんと高砂市荒井町新浜にある「神戸板金工業株式会社会長」の藤谷吉春さん(80歳)でした。地元にこんな人物がおられたのか!と驚きました。


神戸板金工業株式会社は、建設機械、コンプレッサー等、各種産業機械用の板金パーツを製造する会社です。

その前身は、藤谷さんのお父さんが神戸の地で始めていた「町のブリキ屋」です。先の戦争で全てを失いつつも、お父さんは事業を早々に回復させました。

 

藤谷さんが11歳の時でした。藤谷さんは高校生の時、YMCAで英語を習い始め、そこで宣教師と出会うことでクリスチャンになりました。

高校を卒業してから父親の仕事を継いで、大きく発展させていかれたとのことです。中野牧師との対談の中で藤谷さんはこう言われています。

 

 

 中野 お仕事をする上で信仰が妨げになったということはありませんか。


 藤谷 それは無いですね。ただ今の仕事を続けるか、やめて牧師になるかと真剣に考えたことはありました。あれは大きな岐路だったと思います。あの頃仕事の傍ら、牧師先生のカバン持ちみたいなことをして、よくその仕事を見ていたんですが、神様に仕えて人を救いに導くというのは本当に素晴らしい仕事だと思いました。自分もこんなふうに人のためになる仕事ができたらと考えたんです。
 ずいぶん悩みましたが、私は、英語もそうですが、語学が苦手なので、とても無理かなと考えたのと、やはり今の仕事に対する使命感ですね。親の会社を見捨てられませんし、引き継ぐ人もまだいませんでしたから、ここで私が手を引いたら、取引先にも迷惑がかかりますし、社員の面倒も見てやれなくなりますからね。やはり、今与えられている仕事を天職だと思って一生懸命やることが大事ですね。どんな小さな仕事でも必ず世の中の役に立っているんですから。


 中野 今おいくつですか。


 藤谷 1934年生まれですから、この2月で80歳になります。元気そうに見えるかも知れませんが、私は39歳の時に胃ガンを患いまして、胃を全部摘出しているんですよ。夜中に急に吐血しまして、病院に行ったら即入院でした。体重も56キロあったのが40キロくらいまで落ちたんですけど、徐々に増やしてやっとこのごろ元の体重に戻ってきました。
 その時はなにしろ急でしたから、会社から資料等持って来てもらって、病院で仕事をしてました。子どももまだ小さかったですが、不思議に何も不安は無かったですね。死ぬとかどうとかも考えなかった。考えてもしようがない、自分の力でどうしようもないことは任せるしかないですから。任すということがどれ程楽なことか。あの時は実感しました。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がありますが、私はあれは逆だと思うんですよ「天命を信じて人事を尽くす」という方が本当じゃないですかね。


 中野 信じることが先ず先だ、ということですね。

 

「今与えられている仕事を天職だと思って一生懸命やることが大事です」。「天命を信じて人事を尽くす」。良い言葉ですね。


聖書が指し示す神様はきよい神様ですが、宗教世界だけに引きこもっている神様ではありません。

 

天にも地にも神様は満ちておられて、人間の社会でも働いて下さるお方です。

神様は人間社会の清濁を抱き込みながら御自身の計画を進めていかれるのです。

 

ですから信仰を持って生きるとは、浮き世離れした存在になるのではなく、浮き世に留まりながらも浮き世に振り回されず、神様と共に浮き世に真の喜びと希望を灯していく存在となっていくことなのです。 
                          

日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

 

ホザナ通信2014年5月号より

 


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