PROFILE
CALENDAR

1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< January 2017 >>
LINKS
ENTRIES
COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
OTHERS




SPONSORED

日本キリスト教団高砂教会ブログ Weekly Church News

高砂教会広報部がお届けするHOTな情報☆日々のアレコレ!
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ビジネス界でも神様は働かれます ☆ ** ホザナ通信2014年6月号より

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ ビジネス界でも神様は働かれます☆ ** ホザナ通信2014年6月号より 

 

 

入道雲がわき、太陽が白く輝く季節となりました。皆様はいかがおすごしですか?


さて今月は「中野雄一郎トップ対談・ビジネスは聖書力―天命に安んじて人事を尽くさん」(サイトブックス)という本を読みました。

 

世界中を跳び回っている中野雄一郎牧師が11人のクリスチャン実業家を訪ね、ビジネスと信仰などについてインタビューした対談集です。

 

日本にあまたの実業家がいますが、クリスチャン実業家も意外といるのです。

 

ビジネス界はお金の駆け引きがあるので、きれい事だけでは済まされないダーティな面があることは否めない、厳しい現実でしょう。そんなビジネス界でクリスチャン実業家として信仰とビジネスを調和させながら会社を経営するのは大変なことでしょう。

 

否、そんな世界だからこそ、神の活きた働きを体験してきたクリスチャン実業家の言葉には力があります。


この書物に掲載されている11人のトップリーダーのとりは、なんと高砂市荒井町新浜にある「神戸板金工業株式会社会長」の藤谷吉春さん(80歳)でした。地元にこんな人物がおられたのか!と驚きました。


神戸板金工業株式会社は、建設機械、コンプレッサー等、各種産業機械用の板金パーツを製造する会社です。

その前身は、藤谷さんのお父さんが神戸の地で始めていた「町のブリキ屋」です。先の戦争で全てを失いつつも、お父さんは事業を早々に回復させました。

 

藤谷さんが11歳の時でした。藤谷さんは高校生の時、YMCAで英語を習い始め、そこで宣教師と出会うことでクリスチャンになりました。

高校を卒業してから父親の仕事を継いで、大きく発展させていかれたとのことです。中野牧師との対談の中で藤谷さんはこう言われています。

 

 

 中野 お仕事をする上で信仰が妨げになったということはありませんか。


 藤谷 それは無いですね。ただ今の仕事を続けるか、やめて牧師になるかと真剣に考えたことはありました。あれは大きな岐路だったと思います。あの頃仕事の傍ら、牧師先生のカバン持ちみたいなことをして、よくその仕事を見ていたんですが、神様に仕えて人を救いに導くというのは本当に素晴らしい仕事だと思いました。自分もこんなふうに人のためになる仕事ができたらと考えたんです。
 ずいぶん悩みましたが、私は、英語もそうですが、語学が苦手なので、とても無理かなと考えたのと、やはり今の仕事に対する使命感ですね。親の会社を見捨てられませんし、引き継ぐ人もまだいませんでしたから、ここで私が手を引いたら、取引先にも迷惑がかかりますし、社員の面倒も見てやれなくなりますからね。やはり、今与えられている仕事を天職だと思って一生懸命やることが大事ですね。どんな小さな仕事でも必ず世の中の役に立っているんですから。


 中野 今おいくつですか。


 藤谷 1934年生まれですから、この2月で80歳になります。元気そうに見えるかも知れませんが、私は39歳の時に胃ガンを患いまして、胃を全部摘出しているんですよ。夜中に急に吐血しまして、病院に行ったら即入院でした。体重も56キロあったのが40キロくらいまで落ちたんですけど、徐々に増やしてやっとこのごろ元の体重に戻ってきました。
 その時はなにしろ急でしたから、会社から資料等持って来てもらって、病院で仕事をしてました。子どももまだ小さかったですが、不思議に何も不安は無かったですね。死ぬとかどうとかも考えなかった。考えてもしようがない、自分の力でどうしようもないことは任せるしかないですから。任すということがどれ程楽なことか。あの時は実感しました。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がありますが、私はあれは逆だと思うんですよ「天命を信じて人事を尽くす」という方が本当じゃないですかね。


 中野 信じることが先ず先だ、ということですね。

 

「今与えられている仕事を天職だと思って一生懸命やることが大事です」。「天命を信じて人事を尽くす」。良い言葉ですね。


聖書が指し示す神様はきよい神様ですが、宗教世界だけに引きこもっている神様ではありません。

 

天にも地にも神様は満ちておられて、人間の社会でも働いて下さるお方です。

神様は人間社会の清濁を抱き込みながら御自身の計画を進めていかれるのです。

 

ですから信仰を持って生きるとは、浮き世離れした存在になるのではなく、浮き世に留まりながらも浮き世に振り回されず、神様と共に浮き世に真の喜びと希望を灯していく存在となっていくことなのです。 
                          

日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

 

ホザナ通信2014年5月号より

 


子育てや人生に関する記事が連載されている
月刊ホザナ通信(無料)は郵送も承っております。
興味のある方は高砂教会へご連絡ください。
ホームページ:http://takasago-church.com/

 

 

元気のでるみことばメールを月〜土の朝に無料配信中です。
御言葉メールの登録はこちら↓
http://www.mag2.com/m/0001648464.html

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:教会キリスト教

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 

 

 

 


新谷主任牧師 / 07:00 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第13回

第13回

 

教会の修養会で起こった聖霊降臨の出来事によってもたらされた混乱は、

幼い信吾の身に降りかかった大火傷という事態にも及んでいきました。

 

前回、その時の様子を書きましたが、火傷は身体の3分の1に及び、命の危険を医師より告げられました。
その闘病生活は幼い子供にとって、想像を絶するものでした。

 

「僕は神様の子供なのに、どうしてこんなことになったの?」と聞かれた時は、答えることができませんでした。

 

信吾は1ヶ月半の入院生活を終え、新年を迎えて牧師館に帰って来ましたが、教会では険悪なムードが漂う礼拝が続いていました。

 

しかし、聖霊さまの圧倒的な体験をしていた私達は、苦しい状況にあっても、説明のつかない喜びに満たされていました。

 

こんなに辛い、大変な状況下にいるのに、私はおかしいのではないか?と、自分の精神状態を疑うことも度々ありました。

 

そこには共に戦い、励まして下さる主がおられ、その臨在感は圧倒的なものでした。

 


その年の春、幼稚園に入園した信吾の肌は、ケロイドが赤黒く盛り上がり、
息子の肌をさらす夏が来るのを恨めしく思っていました。

 

夏のプール遊びは、先生との話し合いで、服を着せたままで良いとの了解を得て乗り越えることができました。

 

その頃、主人は信吾に次のような語りかけをしたのでした。

「いいか、信吾の火傷の跡は、牧場主が牛や馬にこれは私の物だと焼印を付けるように、
神様が信吾は私の大切な子どもだと、焼印をつけられたのだよ!」と。

 

その言葉を幼子は真剣に受け止めたのでしょう。
それが、信吾の問いに対する神様の答えとして。

 

そして、卒園の色紙には可愛い小さな手形と共に、
「大きくなったら牧師になりたい」
と、書かれてありました。

 


翌春、小学校に入学した信吾はその夏、服を脱いでケロイドの跡を人目にさらす勇気ある行動を取ったのでした。

 

しかし、子供たちの中にある残酷さは、そのケロイドの姿から連想した当時流行っていたグロテスクなキャラクター「人造人間キカイダー」の名前をあだ名に付け、はやし立てたのでした。

 

それにも負けず、裸でプールの時間を押し通した信吾には驚かされましたが、小学2年生になった時、突然スイミングスクールに行きたいと言い出したのです。

 

そのスイミングスクールは、この辺りに出来た、当時としては最新の人気施設でしたから電車に乗って広い範囲から多くの子どもたちが来ていました。

 

さすがの私も、そんなにたくさんの人々の好機の目にさらされるのは止めて欲しい、過酷過ぎる、というのが本心でした。

 

その思いをぐっーと飲み込んで、神様がきっとこの子にチャレンジするように語りかけているに違いない、それを勝手な親心で止める訳には行かないと思い直し、信吾の申し出を受け止める決意をしたのでした。

 

(左端が小学生の信吾 妹・弟・私と共に撮影)

 

きっとたくさん意地悪な言葉を浴びせかけられたと思いますが、一度も泣き言や、やめたいと言わなかったように記憶しています。

 

そのうち、私も信吾のケロイドを気にしなくなっていったように思います。

 

我が子に教えられた信仰者の生き様でした。

 

信吾は、幼い時の決意は忘れていたようですが、現在新潟の山深い村の教会の牧師として17年間、忠実な歩みをしている事は私の誇りです。

 

(信吾ファミリー写真 高砂教会にて)

 

こうして私の大失態で、息子の身体と心に大きな傷を残すだろうとの後悔と心配を、神様は見事に主の栄光へと引き上げてくださいました。

 

万事を益としてくださる神様のお計らいの素晴らしさを褒め称えます。

 


この後も、教会は新しく救われて聖霊の恵みに満たされ、成長して行く人々が増し加わる一方、これまでの教会の伝統や交わりに固執して行く人々の葛藤が渦巻き、緊張関係が増していったと思います。

 

やがて、祈祷会の祈りの中から、この調子で人々が増えて行くならば、新会堂を建てようではないかとの機運が盛り上がり、手束牧師がこれを神様の導きと受け止めて、祈りの中で確信のみ言葉が与えられたので、土地取得へと大きな決断をしたのでした。

 

そして、次々と不思議な扉が開かれ、考えられない導きを受けて、高砂のカネボウ工場跡地に整備された7万坪の住宅街の中心地が教会用地として準備されました。

 

将来の教会を夢見て、喜び溢れてさらに祈る者たちがおこされる一方、手束牧師が教会を余計な・厄介なことへと勝手に引っ張って行こうとするとしか思えない人々によって、その横暴を食い止めようとする思いが更に表面化して行くのでした。

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

JUGEMテーマ:教会キリスト教

 

 

 

 

 

 

 

 

 


美智子の牧師夫人物語 / 16:40 / - / -
2016年12月のイベント振り返り
恵みが盛りだくさんな12月でした!
ハレルヤ☆

12月4日 教会学校幼稚科・小学生科クリスマス会



12月4日 イルミネーション点灯式

例年よりイルミネーションがパワーアップしました(о´∀`о) 12月10日 T.C.G.C. クリスマスゴスペルダンスライブ




12月17日 教会学校中高生科クリスマス会

感動の一日! 大阪のJ-Houseからゲストチームで来高してくださいました(o^^o)

12月17日 クリスマスinチャーチ
マジシャンのフーガさんとハルカさん夫妻によるイリュージョンで驚き、体験談に感動の涙!


12月24日 燭火礼拝


12月25日 クリスマス特別礼拝
と午餐会



12月30日 餅つき大会


そして、今夜は祈りと礼拝をもって除夜祈祷会の中で新年を迎えます。


みなさま良いお年を。
来年も霊に燃えましょう!

- / 15:07 / - / -
年末恒例 餅つき大会
クリスマスの多くの恵み溢れるイベントが終わり、早くも年末を迎えましたね…

年末と言うことは!
高砂教会 年末恒例の餅つき大会です(^∇^)

本日、教会大掃除の後、お昼からは餅つき大会が行われました。

子供から元老牧師先生まであらゆる世代がついたお餅は本当に美味しい!


見事なフォーム

力強い主任牧師先生

ちびっこも参加!

女の子たちも頑張りましたよ〜



ニッポンを体験

こう見えてベストオブ餅つき人

餅つきをするとようやく年の瀬を感じます(^^)

1月1日元旦 10:15am〜初詣礼拝です(*^^*)
礼拝後には新年会があり、今日ついたお餅でお雑煮が振る舞われます^_^

- / 16:35 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 成功の意味 ☆ ** ホザナ通信2014年5月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 成功の意味 ☆ ** ホザナ通信2014年5月号より 

 いよいよ田植えの季節となりました。
 水辺の生き物たちが活発に活動を始めます。
 ホザナ通信5月号を発行できないまま6月中旬になってしまいました。
 もう6月号にしようか…と思いつつも、やっぱり5月号として発行することに致します。
 
 今月は「正しすぎてはならない」(高橋秀典著)を読みました。
 旧約聖書の『伝道の書』から高橋牧師が語った説教をまとめた書物です。
 ビートルズのことなどを引用しながら、人生の虚しさに対する聖書の答えを深く説き明かしています
 その中で皆さんと分かち合いたい箇所を引用します。

 埼玉のジョン・レノン・ミュージアムに行って何よりも教えられたことは、20世紀後半の文化に最も大きな影響力を発揮したビートルズのリーダーにとっての最高の幸せは、ヨーコとの静かな生活のただ中にあったということです。
 そのとき私も、「僕の最高の幸せも、洋子(筆者の妻)との今ここでの生活にある」と心で感じられました。
 それは本日の箇所の結論、「日の下であなたに与えられた空しい人生の日々に、愛する妻との生活を楽しめ…これこそが、あなたが日の下で労したあなたの人生と労苦からの受ける分なのだから」(9章9節)
 に記されている通りです。
 
 ジョン・レノンが凶弾に倒れる数ヶ月前にリリースした「ウーマン」という曲で、ヨーコへの心からの感謝の気持ちを歌っています。
 それは彼女がジョンに「成功の意味」を教えてくれたからだというのです。
 彼は五年間近くも家事と子育てに専念しながら、そこに人生で最高の宝を発見できました。
 彼はその秘訣を、女性が男性の内側にある幼子の心をよく理解できるからと歌っているように思えます。
 とにかく、彼はそこに、たましいの安らぎを感じることができました。
 
 私は、ジョンとは異なった信仰的な立場に立っていますが、かつて何かに駆り立てられるように忙しく生きていながら、人生で目指すべき成功が最も身近なところにあることを気づかずにいました。
 しかし、私たちの心の底にある「成功への憧れ」は、今ここでの、神との交わり、また、神が与えてくださった最も身近な人との交わりの中で満たされるものなのです。

 「成功の意味」。
 それは偉業を達成することではなく、今ここにある人間関係といのちの神との交わりの中にある!
とは意味深長です。
 とかく「成功」を有名になること、一財産を築くこと、目を見張る偉業を達成することなどと理解しがちです。
 確かにそれも成功です。しかしそういうことのみが成功だとするならば、ほんの一握りの人しか成功できないことになってしまいます。
 またそういう成功の裏で、人間関係が崩れ、家庭が崩壊するなら、その成功はその人の心を満足させることはないでしょう。
 
 誰でも達成できる可能性のある成功は、まさに今日の聖書が教えている「関係」の中にあるのです。
 人間は関係の存在です。
 妻や夫との関係、親子関係、身近な人々との関係…、そこに愛し愛される温かい交流が流れている、互いに相手を喜ばせる思い遣りがある、赦し合い受け入れ合う安らぎがある。
 人生の様々な苦労が、そういう関係を育てていくことになるのなら、どんなに心を充足させることでしょうか。

 しかし現実的には人間関係ほど煩わしいものはありません。
 心の傷の殆どは人間関係が原因です。
 ですから今日多くの人々が、表面的な人間関係しか築こうとしません。
 しかしそれでは淋しすぎて、間違った人間関係に深入りしてしまう悲劇が起こっています。
 聖書の中にこういう言葉があります。

平穏であって、ひとかたまりのかわいたパンのあるのは、争いがあって、食物の豊かな家にまさる。箴言17章1節

「成功は関係の中にある」。
このことを心に刻み、人生の苦労をより良い関係を育む肥料と致しましょう。


                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年5月号より
子育てや人生に関する記事が連載されている
月刊ホザナ通信(無料)は郵送も承っております。
興味のある方は高砂教会へご連絡ください。
ホームページ:http://takasago-church.com/

 

元気のでるみことばメールを月〜土の朝に無料配信中です。
御言葉メールの登録はこちら↓
http://www.mag2.com/m/0001648464.html

 

 

JUGEMテーマ:教会キリスト教

JUGEMテーマ:日記・一般

 


新谷主任牧師 / 12:57 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第12回

第12回

 

高砂教会は、1975年で既に創立75年という歴史を有していました。


その多くの時間は家の教会として、明石の教会より牧師が来られて信徒の面倒を見るという形での教会形成だったようです。


その後、昭和27年に米軍の宿舎の払い下げを受け、かまぼこ型の簡易教会堂が建てられ、ようやく高砂の人々の目に認識される教会として歩みを進めて行きました。


その歴史の流れを大きく変えることになった、1975年の教会修養会での聖霊降臨の出来事は、教会を揺さぶり、人々の信仰の在り方を揺さぶり、人間関係を揺さぶるものでありました。


修養会の会場で聖霊体験をした人々の中にも疑念が生じて行きました。
これまでの信仰理解を脇に置いて、新しい流れの中に身を委ねて行くことがどんなに難しいことであったでしょう。


私達夫婦にとっても、全く初めての聖霊降臨の出来事でしたから、このような状況をどのように導いて行けば良いのかさっぱりわからず、只々必死に祈りつつ、聖霊の導きに従う他ありませんでした。

 

不思議なことに手束牧師は、図らずも神学部でパウル・ティリッヒの組織神学を専攻し、聖霊について深く学び、研究していたのでした。


また明治18年、高砂地方への伝道を開始された明石教会の川本政之助牧師は、毎日朝早く明石城の天守閣に登って祈りを続ける中、圧倒的な聖霊体験をされ、熱い思いに押し出されて、激しい迫害の地高砂への伝道を開始されたのでした。

 

神様は、高砂教会の歴史の中にすでに大きなご計画を置いておられたのだと、驚嘆せずにはいられません。

 

 

しかし、これには大きな戦いを乗り越えなければならない試練がセットされていました。


いつの世も新しいものが流れ込んでくる時、新旧摩擦が起こります。


イエス様ご自身の歩みそのものが聖書に記されているように、古い律法(仕来たり)に染まってしまったユダヤ人達への信仰の在り方に対しての挑戦であられました。


その結果、ユダヤ人たちの激しい怒りと妬みを買い、十字架へと追いやられていったのでした。

 

 

私達にも激しい抵抗や攻撃が始まりました。


そんな中、長男の信吾が瀕死の大火傷を負うという災いが降りかかって来たのでした。

小さな身体に、煮えたぎった土鍋が…。1ヶ月後に迎える5歳の誕生日も、壮絶な苦しみの中ですっかり忘れてしまっていました。


慌てふためき救急車を呼ぼうとすると、幼い信吾が叫びました。

「お父さん!救急車呼ばないで!お父さんがお祈りしてくれたら治るから!」と言うのでした。

 

 

聖霊体験をしてからというもの、私達の信仰も大きく変えられ、神様は今も生きて働いておられ、祈りは神様がみ手を動かしてくださる素晴らしい力であると、確信していましたが、目の前の状態は救急車を呼ぶことが正しい判断だと、大人の対応をしました。


この信吾の叫びは、私への挑戦でもありました。


「幼な子のようにならなければ、天の国に入ることは決してできない」とのイエス様の言葉が、この後の信吾の行動でさらに明らかにされて行くのでした。

右端の男の子が長男 信吾

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:教会キリスト教

 

 

 

 


美智子の牧師夫人物語 / 10:22 / - / -
小学生クリスマス会
2016.12.03 高砂教会 教会学校 小学生科のクリスマス会がありました(*^▽^*)

いつも教会学校に来ているお友だちがダンスしながら讃美したり、手品をしたり!

イエス様のお誕生を心から喜び祝いました(*´∇`*)






お父さんとお母さんも踊る!

華麗なる手品
It's Show Time!











上海北京師匠も負けてられない!

教会学校の先生たちによる降誕劇も(≧∀≦)
マリアに天使からお告げが…

ベツレヘムへ…

かわいいお星さまたち

あ、アレ?羊飼いが手にしているのは…
アップルと…パイナップル…
ま、まさか!


バイブルメッセージ☆


今月はイエス様のご降誕を喜び祝うイベントが目白押しです!
12月10日(土)14:00〜ゴスペル×ダンス ライブ
12月17日(土)14:00〜中高生クリスマス会
12月17日(土)18:30〜クリスマス イン チャーチ マジックショー
12月24日(土)19:00〜キャンドルサービス
12月25日(日)10:15〜クリスマス特別礼拝

教会学校 / 00:08 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 祈りは脳を活性化する ☆ ** ホザナ通信2014年4月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 祈りは脳を活性化する ☆ ** ホザナ通信2014年4月号より

 空高く響くヒバリの歌声に心が弾みます。
ホザナ通信を読んで下さっている皆様、いかがお過ごしですか?
新年度もスタートし、生活も落ち着いてきている頃ですね。

 
脳科学の研究が進むと共に、脳科学者によって研究成果を基にした本がどんどん出版されています。
「脳と祈り」の関係についての文章(脳科学者:中野信子)を読みました。以下引用します。

脳の中で記憶を司る部位である海馬は、これまでにあったことを記憶するだけではなく、「未来にやるべきこと」「将来行う行動」についての「展望的記憶」(Prospective Memory)もコントロールしています。
たとえば、「来週の水曜日に午後2時から○○さんと会う」という予定を記憶しておくことが、展望的記憶です。
ちなみに、認知症患者では、この展望的記憶の能力が極端に低下しています。
 この展望的記憶をしっかり持っているか否かが、実はその人の生き方にも深い次元で影響を与えています。
それは、たんに「スケジュール管理がうまい」といったレベルの話ではありません。
私達が未来に対するヴィジョンをしっかり持ち、希望をもって人生を歩んで行けるのも、実は展望的記憶の能力があればこそなのです。
なぜなら、10年後、20年後の自分や家族、自分が所属する団体の姿をいきいきと思い描き、「かくありたい」という目標を設定することも、展望的記憶の一部だからです。
 展望的記憶の能力が低い場合、「こうなりたい」というヴィジョンに乏しく、目標達成への地道な努力も苦手で、何をするにも意欲がわきません。
そのように、展望的記憶の強弱が、生き方にも大きく影響を及ぼします。
また、最近の研究で、「人間が未来をいきいきと思い描くときに、海馬の活動が活発になる」ということが分かりました。 

 
 では、展望的記憶を強化し、希望溢れる未来に向かっていきいきと生きていけるようになるには、「祈り」が効果的だと中野氏は説いています。


なぜなら、祈りとは、本来、未来に向けて捧げるものだからです。
変えようがない過去に向けて祈っても仕方がありません。
は「未来を良い方向に変えようとする営み」ですから、私達が祈る時、未来に心を向けるようになります。
ですから、祈りを捧げることによって、人は自ずと脳の海馬を活性化させ、展望的記憶を強化することができるという訳です。

 
「祈り」を捧げる時に気を付けて頂きたいことは、否定的な言葉をそこに入れてはいけないということです。
「脳」には主語を明確にできないという妙な癖があるからです。
例えば「ここで相手が失敗し、私が勝てますように」「他の人はどうでもいい。私が幸せになれるように」等という一見ポジティブなようで悪い祈りがあります。
こういう祈りに対して脳は文章の主語を明確にできず、両方とも自分に向けられた言葉として理解してしまうというのです。
当然脳の活動を鈍らせることになります。
更にこういう内容の祈りは相殺現象が起こり、祈りの力を十分に発揮できずに終わってしまいます。
ですから祈りの言葉を「共に幸せになれるように。お互いが喜べる良い結果になるように。共に成長し合えるように」等に変えるべきでしょう。

 聖書の中にはこういう言葉があります。

信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。ヘブル11章1節

『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたし(キリスト)はあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。マタイ5章43-44節

 
 実に聖書に記されていることは、私達の脳を活性化し、これからの人生を生き生きと輝かせるものに他なりません。


日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年4月号より


子育てや人生に関する記事が連載されている
月刊ホザナ通信(無料)は郵送も承っております。
興味のある方は高砂教会へご連絡ください。
ホームページ:http://takasago-church.com/

元気のでるみことばメールを月〜土の朝に無料配信中です。
御言葉メールの登録はこちら↓
http://www.mag2.com/m/0001648464.html

JUGEMテーマ:日記・一般

JUGEMテーマ:教会キリスト教


新谷主任牧師 / 13:05 / - / -
永眠者記念特別礼拝と特別讃美夕拝
昨日の1部礼拝と2部礼拝は永眠者記念特別礼拝でした。

天に帰られた愛する神の家族を想い、
天の御国を想う礼拝でした。

新谷主任牧師先生が「キリストによって死の意味が変わる」と題して、
メッセージをしてくださいました。




また、夜の讃美夕拝は、韓国からイ・ミョンシン先生(韓国長老神学大学 音楽教授)率いる讃美グループが素晴らしい讃美を主に捧げてくださり、聴く私たちの心も主への讃美であふれました!



- / 10:59 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第11回

第11回

 

高砂教会着任以来、めまぐるしい動きが教会内に起こりました。

 

祝福の面では、家庭集会が増やされて伝道が活発になり、次々と洗礼者が与えられ、転入会される方も増やされていきました。

 

しかし一方、これ迄教会を守り、支えてこられた方々にとっては、後からやって来た若い牧師が熱心に働いてくれることはありがたいが、我々の大切にしてきた伝統や教会の雰囲気を無視するかのような、強引と思えるやり方はいただけない。

 

いくら「この地に骨を埋める覚悟」と言われても、あまりにも独善的ではないか、と白けていく方々や危機感を持つ方々の不快感が、深く静かに浸透して行ったようでした。(人としてやむを得ない当然の感情だと思います)

 

 

1975年、しばらく休んでいた教会の夏期修養会を開くことになりました。


私の父の教会の信者だった方が転入会され、その方の強い推薦で私の父を講師に迎えることになりました。
その方は、父が聖霊体験をしてからというもの、ダイナミックな信仰へと変化を遂げていることに驚き、是非とも来てもらいたいとのことでした。

 

私も主人も内心不安にかられていましたが、押し切られる格好となり、父 三島牧師を招くことになりました。

その年の7月、加古川の国民宿舎みとろ荘に於いて1泊2日の教会修養会が開かれました。

みとろ荘

 

 

父は60歳を過ぎた頃から聖書全巻をヘブル語(原語)とギリシャ語で深く読み進め、初代教会の聖霊のダイナミズムを失った現代の教会の在り方に疑問を抱き、聖霊体験を求めて、あちこちの集会に出向いておりました。

 

やがて念願の聖霊体験をしてからの父の変化は私たちを驚かせました。


半身不随の母の世話ばかりでなく、目の不自由な方々、高齢者の一人暮らしの方々など信徒の方々のお世話に駆け回る忙しい生活の中でも、朝早く起きて熱心に祈り、霊に燃えていました。

父 三島実郎牧師

 

 

父は招かれたことを大変喜びました。
これまでの私達の少し引いた態度を感じていたようでしたから、修養会の講師に招かれるとは思っていなかったのだと思います。

 

 

そして父は、アメリカの伝統的教派の中で起こっている聖霊の働きについて熱く語り、自分自身の体験へと結びつけて語りました。

参加者はあっけに取られながらも不思議な神様の臨在に引き込まれていったように思います。

 

2日目の講義が終わった後、主人は「皆さん、これまで三島牧師が熱く語ってくれました。ここで質疑応答の時間を設けます。質問のある方は手を挙げてください」と呼びかけました。


すると、父が遮り「ここに病んでいる人がいますか?聖書の中に

『あなたがたの中に、病んでいる者があるか。その人は、教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリブ油を注いで祈ってもらうがよい。信仰による祈りは、病んでいる人を救い、そして主はその人を立ち上がらせてくださる。』(ヤコブ書5章14〜15節)

とある。聖書に書かれてある通りに祈ってみようではないか!」と、促しました。

 


そこで、一人の方がおずおずと前に進み出ました。

教会の役員も前に導かれ、その人の頭にオリブ油を注いで手を置くように促されました。


そして、父は最後に「手束牧師、重ねた手の上に手を置き、病が癒されるように祈りなさい!」と言いました。


病が癒されるように、と手を置いて宣言する祈りはこれまで一度もしたことのない主人は、戸惑いながらも、促されるまま静かに祈り始めました。

 

 

すると突然、天井が凄い気圧に押されて落ちてくるような力を感じました。

 


何が起こったのか訳の分からない状況の中、すすり泣く者、声をあげて泣く者、放心状態の者など異様な光景となりました。


その場に居合わせた人々には認識できなかったのですが、主人は特別な体験をしたのです。
それは、天井の一角がバリバリと破れる音を聞き、部屋の真ん中に煙のような霧のような物が注がれ、やがてゆらゆらと陽炎のようなものが臨在しているのを見たのでした。

 


そして、この出来事から高砂教会にとっても、私達にとっても新しい展開が始まっていくのでした。
 

 

 

 

JUGEMテーマ:教会キリスト教

JUGEMテーマ:日記・一般

 


美智子の牧師夫人物語 / 11:48 / - / -