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日本キリスト教団高砂教会ブログ Weekly Church News

高砂教会広報部がお届けするHOTな情報☆日々のアレコレ!
デュナミスコース
2017年2月13日(月)から16(木)まで、高砂教会において「デュナミスコース」が開催されました。

デュナミスコースでは、アメリカ長老改革教会聖霊刷新協議会(PRMI)によって「聖霊の神学」を体系的に、また実践的に学ぶことができます。

今回が最終回となり、過去7回の総まとめの学びとなりました。

8回にわたる学びによって、PRMI講師陣の先生方とも絆が深まり、最後お見送りする時は涙、涙でした。
素晴らしい学び、交わりを心から感謝します!















- / 15:59 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ イソップ童話からの知恵 ☆ ** ホザナ通信2014年9月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ イソップ童話からの知恵 ☆ ** ホザナ通信2014年9月号より 

 みなさん、ごきげんよう!
ホザナ通信8月号は結果的にお休みになり、9月号をお届けいたします。
朝夕がめっきり肌寒くなりました。どうぞ健康にはくれぐれもお気をつけください。

「ヘタな人生論よりイソップ童話(植西聰著)」という本を読みました。
イソップ童話と言えば「アリとキリギリス」「北風と太陽」「ウサギとカメ」「オオカミ少年」しか思い出せないのですが、その他にも400篇以上あるそうです。
紀元前600年頃、ギリシャを牛耳っていた独裁者の圧政の中で、イソップなる人物が、政治や社会情勢の風刺を動物にたとえて物語っていったのが、イソップ童話の誕生につながっていったそうです。
植西氏は、イソップ童話71篇を現代風に解釈し、しあわせに生きるヒントを伝えています。
その一例。
「ウサギとカメ」は一般的に「真面目にコツコツと努力を積み重ねていけば、大願成就を果たすことができる」
「どんなに才能があっても油断をすると、努力する人には勝てない」といった教訓として語られます。
しかし植西氏は「夢・願望の実現や成功のゴールを目指して、ガムシャラに突っ走るばかりが人生じゃない。
身体を壊し途中でダウンしようものなら、それまでの努力も、輝かしい未来も、水泡に帰してしまう。
だから、カメのようにマイペースで動き、過度に心身を酷使してはならない」と解釈します。
なるほど!ユニークな解釈です。
いきなり成果を出そうと焦って過度に頑張ってしまうと長続きしません。
「今がチャンス!」「ここぞ!」というとき以外は、カメのように、焦らず、マイペースに無理なく進むことが大切なのでしょう。
自分のできる範囲でコツコツをどりょくを積み重ねていけば、困難と思えることであっても、いつしかチャンスが訪れ成功できるものです。
植西氏はこの本のまとめとして次の様に要約しています。

●人生(運命)の善し悪しというものは、その人の心の状態によって決定する。
●なぜなら、人間の心の奥底にある潜在意識には、想念を受け入れると、それをさまざまな現象として引き出す性質があるからである。
●ただし、幸福や成功といった良い現象のみを実現させたいのならば、常に次のような6つの心、考え方で日々を過ごす必要がある。

  〜蠎蠅領場でモノを考える心。思いやり、共感能力等(尊重思考)。
  ⊃佑亡遒咾鰺燭┐茲Δ箸垢訖粥0情、善意等(喜与思考)。
  どんなことでもプラスに考える(楽天思考)。
  ぜ分自身を大切にする心。快適に生きようとする気持ち(快生思考)。
  ジ従に満足することなく夢や願望を持つ心。また、生きがいを創造しようとする気持ち。向上心・探求心等(上昇思考)。
  Υ衙消成や生きがいの創造に向けて、積極的に考え、行動しようとする心。情熱・信念等(行動思考)。

 

 聖書はこう語っています。

「油断することなく、あなたの心を守れ、命の泉は、これから流れ出るからである。」箴言4章23節

生きる力は肉体から出てくるのではなく、聖書が言うとおり「心」から流れ出るのです。


だから「油断することなく心を守れ!」と教えられているのです。
しかし私たちはウッカリ油断しているうちに、心が否定的なもの、自己中心的なもの、消極的なものに汚染されてしまいます。
雑草はいつの間にか大きく成長してしまいます。
心をよく見張り、上記の「しあわせをもたらす6つの思考」を心に留まり続けるようにしたいものですね。

                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年9月号より


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新谷主任牧師 / 23:42 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第14回

第14回

 

高砂教会着任から3年目に起こった神様からの一方的な聖霊の注ぎは、教会にとって大きな恵みの時と同時に試練の幕開けとなりました。

 

信仰理解の違いは、礼拝の中に張り詰めた緊迫感として現れ、目に見えない霊的な対立が増していきました。

 

礼拝後、手束牧師のメッセージに対する批判の根拠を聖書の中に見つけようと、血まなこになって探している方々の姿が今も昨日のように思い浮かびます。

 

この様な状況にあっても次々と霊的な信仰の指導者たちが教会に送られ、信徒たちの信仰が燃やされて行きました。

 

また、この流れは毎日新聞記者の聞き及ぶところとなり、毎日新聞「シリーズ宗教」欄に取り上げられ、「カリスマ運動」として全国に報道されました。

 

 

そしてさらに、神様は手束牧師を国内外の偉大な霊的指導者の方々と出会わせてくださり、更に信仰がダイナミックに変えられて行きました。

 

1979年夏には、海外から素晴らしい若者たちの宣教団体(ユース・ウィズ・ア・ミッション)が来日し、高砂教会にも4名の方々が2週間に亘り滞在されました。


彼らの働きを通して、私達は言うまでもなく、信徒たちの受けた影響は計り知れないものがあり、衝撃的な出会いとなりました。

 

 

 


丁度その頃、前回触れました会堂建設の為の土地購入の話が持ち上がり、その決議をする総会が開かれました。

詳しいことには触れませんが、決議に必要な3分の2の賛成票が、僅かに2票足りずに否決されました。

 

この土地取得の総会を開くまでには、熱い祈りが積み重ねられ、奇跡に近い素晴らしい条件の土地(カネボウ紡績の工場閉鎖により造成された一大住宅地の一角)が提供されていました。

 

この取得の為の臨時総会には、私達の着任以来、ほとんど顔を見たことのない信徒の方々が何人も来られ、土地購入に真っ向から反対し、採決で反対票を投じたのでした。

 

これまで逆風を受けつつも、神様は祈りに応えてこの土地を必ず取得させてくださると信じ続けてきた手束牧師、そして思いを一つにしていた信徒達にとって、それは信じがたい衝撃的な幕切れとなりました。

 

その時、手束牧師は議長席の机に突っ伏して茫然自失に陥り、その失望・落胆ぶりに対して、かける言葉を見つけることができませんでした。


神の御心を見失い、信仰の根幹を揺り動かされる危機的心境だったと思います。

 

しかし、その夜の讃美夕拝において、2人の若い姉妹たちによって会堂建設がやがて復活するとの希望の預言が与えられたのです。

 

この後、既述のユース・ウィズ・ア・ミッションのチームリーダーであられたダグラス・クール牧師が再度、遠くオーストラリアから駆けつけてくださいました。

 

そして再び、祈りによる総会を提示、指導してくださり、参加者全員が祈りと賛美の中で神様の御心を聴いて投票するという方法を行いました。


しかし、結果は変わることがありませんでした。

 

 

辛い時代でした。


3人の幼い子を抱え、気の休まることのない激しい対立と抗議の嵐の中に立たされた夫を支えることが出来たのは、ひとえに神様の心憎いまでのご配慮でした。

 

先に両親の通った凄まじい道を娘として生々しく体験していたことは、大きな恵みでした。

 

全く同じ展開が開けるに連れて肝が据わってくる自分を覚え、ひたすら主の助けを祈るばかりでした。
娘時代の体験がなければ、この時期を乗り越えられなかったのではないかと思います。

 

気がつけば、ジェットコースターに乗せられて、息もつけないくらい目まぐるしい流れの中に引っ張り込まれたような私達の歩みでした。

 

はっきり言えることは、神様は私達の思いをはるかに超えてご自分の業を推し進められたのだということです。

 

 

この後、出来ることなら絶対に避けたいと願っていた分裂への流れは、止めることの出来ない現実のものへと進んで行くのでした。

 

 

 

 

 

 

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美智子の牧師夫人物語 / 08:00 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 不幸を人のせいにしない ☆ ** ホザナ通信2014年7月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 不幸を人のせいにしない ☆ ** ホザナ通信2014年7月号より 

 

 暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。
 7月号も遅れてしまってすみません。

「ひとり悩むあなたを支える言葉―心を救った偉大なセラピストの教え―」(諸富祥彦著)という本があります。
セラピストの短い言葉を紹介しながら、諸富氏が解説を加えていくという構成になっています。
今月はその一つを取り上げます。

        不幸を他人のせいにするのをやめて、
        ただ自分自身を生きよ。
              フレデリック・パールズ

フレデリック・パールズは、ゲシュタルト療法の創始者です。
今の人生に満足していない時、「幼い頃に両親が私のことを十分愛してくれなかったからだ」と、過去や他者にその原因を求めることが、私たちにはしばしばあります。
「子どもの頃に、両親が私を愛してくれなかった。
それが私のすべての不幸のはじまりです」と語る方は少なくありません。
けれども、他者と過去は変えることができません。

他者が過去に自分にしたことを今から消し去ることはできないのです。
したがって、他者が過去に自分にしたことを、自分の不幸の原因として思い描いている限り、その人に真の幸福はやってきません。
パールズはこうした人生態度を厳しく戒めます。
不幸を他人のせいにするのはやめよ。

そして、ただ自分自身を生きよ。
あなたの人生に対して責任を取れるのは、あなた自身だけなのだから、と。
他の誰もあなたの人生に対する責任を取ってくれません。
考えてみれば当然のことではありますが、人生のこの冷厳な事実を直視せよ、とバールズは私たちに言うのです。

「不幸を他人のせいにしない」生き方。
これは、福祉や保障などが他国に比べて充実している日本においては、いくら強調してもしすぎることのない生き方です。
 

思いやりあふれた日本社会は、自分の幸せを人や社会システムに依存して成立させようとする未熟な体質を醸成しやすいのではないでしょうか。
その結果、妙な逆恨みによる事件が起こります。

 

勿論、様々な事情で人の助けを借りたり、社会システムの支援を受けることは、悪いことでも恥ずかしいことでもありません。
しかし基本的に、私たちは一人の自立した社会人として、自分の幸せや将来を自分で選び取り、必死で努力しながら取り組んでいくというのが本来の姿であります。
しかし未熟な依存体質は、選択の自由と責任そして努力を無視して、選択できなかった原因を周囲のせいにし、今の不幸を周囲の責任にしてしまいます。

 

私は牧師として結婚式の司式をすることがあります。
その際決まってアドバイスすることは、「お互い相手に幸せにしてもらおうなどと思わないこと」ということです。
幸せ一杯の新郎新婦にいきなり水をぶっかけるアドバイスです。
しかし「相手に幸せにしてもらおう」という思いが強ければ強い程、そうならなかったときの落差が大きく、最終的には「この人のせいで私の人生はむちゃくちゃにされる」という怒りがわき起こってしまうからです。
「相手に幸せにしてもらおう」という未熟な依存心から「相手の幸せのために何が出来るか。相手と共に幸せを作り上げていこう」という成熟した自立心が必要です。


こういう成熟した自立心をどうしたら養うことが出来るのでしょうか。
それは真に依存できる存在に気付くことから始まります。
矛盾しているようですが、真の自立は真の依存によってのみ可能となるからです。

真に依存できる存在とは人間の創り主である神です
見えざる神に依存していく時に初めて、人は自由になり、成熟した自立心を養えるようになります。
不幸を人のせいにしない覚悟。
将来を選び取る自由と責任と努力。
相手の幸せのために仕える心の広さ。
人生を楽しむユーモア。
こういう成熟した心を持ちたいものですね。

 

あなたがたは鼻から息の出入りする人に、たよることをやめよ。イザヤ2章22節 

                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年7月号より


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新谷主任牧師 / 22:03 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ビジネス界でも神様は働かれます ☆ ** ホザナ通信2014年6月号より

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ ビジネス界でも神様は働かれます☆ ** ホザナ通信2014年6月号より 

 

 

入道雲がわき、太陽が白く輝く季節となりました。皆様はいかがおすごしですか?


さて今月は「中野雄一郎トップ対談・ビジネスは聖書力―天命に安んじて人事を尽くさん」(サイトブックス)という本を読みました。

 

世界中を跳び回っている中野雄一郎牧師が11人のクリスチャン実業家を訪ね、ビジネスと信仰などについてインタビューした対談集です。

 

日本にあまたの実業家がいますが、クリスチャン実業家も意外といるのです。

 

ビジネス界はお金の駆け引きがあるので、きれい事だけでは済まされないダーティな面があることは否めない、厳しい現実でしょう。そんなビジネス界でクリスチャン実業家として信仰とビジネスを調和させながら会社を経営するのは大変なことでしょう。

 

否、そんな世界だからこそ、神の活きた働きを体験してきたクリスチャン実業家の言葉には力があります。


この書物に掲載されている11人のトップリーダーのとりは、なんと高砂市荒井町新浜にある「神戸板金工業株式会社会長」の藤谷吉春さん(80歳)でした。地元にこんな人物がおられたのか!と驚きました。


神戸板金工業株式会社は、建設機械、コンプレッサー等、各種産業機械用の板金パーツを製造する会社です。

その前身は、藤谷さんのお父さんが神戸の地で始めていた「町のブリキ屋」です。先の戦争で全てを失いつつも、お父さんは事業を早々に回復させました。

 

藤谷さんが11歳の時でした。藤谷さんは高校生の時、YMCAで英語を習い始め、そこで宣教師と出会うことでクリスチャンになりました。

高校を卒業してから父親の仕事を継いで、大きく発展させていかれたとのことです。中野牧師との対談の中で藤谷さんはこう言われています。

 

 

 中野 お仕事をする上で信仰が妨げになったということはありませんか。


 藤谷 それは無いですね。ただ今の仕事を続けるか、やめて牧師になるかと真剣に考えたことはありました。あれは大きな岐路だったと思います。あの頃仕事の傍ら、牧師先生のカバン持ちみたいなことをして、よくその仕事を見ていたんですが、神様に仕えて人を救いに導くというのは本当に素晴らしい仕事だと思いました。自分もこんなふうに人のためになる仕事ができたらと考えたんです。
 ずいぶん悩みましたが、私は、英語もそうですが、語学が苦手なので、とても無理かなと考えたのと、やはり今の仕事に対する使命感ですね。親の会社を見捨てられませんし、引き継ぐ人もまだいませんでしたから、ここで私が手を引いたら、取引先にも迷惑がかかりますし、社員の面倒も見てやれなくなりますからね。やはり、今与えられている仕事を天職だと思って一生懸命やることが大事ですね。どんな小さな仕事でも必ず世の中の役に立っているんですから。


 中野 今おいくつですか。


 藤谷 1934年生まれですから、この2月で80歳になります。元気そうに見えるかも知れませんが、私は39歳の時に胃ガンを患いまして、胃を全部摘出しているんですよ。夜中に急に吐血しまして、病院に行ったら即入院でした。体重も56キロあったのが40キロくらいまで落ちたんですけど、徐々に増やしてやっとこのごろ元の体重に戻ってきました。
 その時はなにしろ急でしたから、会社から資料等持って来てもらって、病院で仕事をしてました。子どももまだ小さかったですが、不思議に何も不安は無かったですね。死ぬとかどうとかも考えなかった。考えてもしようがない、自分の力でどうしようもないことは任せるしかないですから。任すということがどれ程楽なことか。あの時は実感しました。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がありますが、私はあれは逆だと思うんですよ「天命を信じて人事を尽くす」という方が本当じゃないですかね。


 中野 信じることが先ず先だ、ということですね。

 

「今与えられている仕事を天職だと思って一生懸命やることが大事です」。「天命を信じて人事を尽くす」。良い言葉ですね。


聖書が指し示す神様はきよい神様ですが、宗教世界だけに引きこもっている神様ではありません。

 

天にも地にも神様は満ちておられて、人間の社会でも働いて下さるお方です。

神様は人間社会の清濁を抱き込みながら御自身の計画を進めていかれるのです。

 

ですから信仰を持って生きるとは、浮き世離れした存在になるのではなく、浮き世に留まりながらも浮き世に振り回されず、神様と共に浮き世に真の喜びと希望を灯していく存在となっていくことなのです。 
                          

日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

 

ホザナ通信2014年5月号より

 


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新谷主任牧師 / 07:00 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第13回

第13回

 

教会の修養会で起こった聖霊降臨の出来事によってもたらされた混乱は、

幼い信吾の身に降りかかった大火傷という事態にも及んでいきました。

 

前回、その時の様子を書きましたが、火傷は身体の3分の1に及び、命の危険を医師より告げられました。
その闘病生活は幼い子供にとって、想像を絶するものでした。

 

「僕は神様の子供なのに、どうしてこんなことになったの?」と聞かれた時は、答えることができませんでした。

 

信吾は1ヶ月半の入院生活を終え、新年を迎えて牧師館に帰って来ましたが、教会では険悪なムードが漂う礼拝が続いていました。

 

しかし、聖霊さまの圧倒的な体験をしていた私達は、苦しい状況にあっても、説明のつかない喜びに満たされていました。

 

こんなに辛い、大変な状況下にいるのに、私はおかしいのではないか?と、自分の精神状態を疑うことも度々ありました。

 

そこには共に戦い、励まして下さる主がおられ、その臨在感は圧倒的なものでした。

 


その年の春、幼稚園に入園した信吾の肌は、ケロイドが赤黒く盛り上がり、
息子の肌をさらす夏が来るのを恨めしく思っていました。

 

夏のプール遊びは、先生との話し合いで、服を着せたままで良いとの了解を得て乗り越えることができました。

 

その頃、主人は信吾に次のような語りかけをしたのでした。

「いいか、信吾の火傷の跡は、牧場主が牛や馬にこれは私の物だと焼印を付けるように、
神様が信吾は私の大切な子どもだと、焼印をつけられたのだよ!」と。

 

その言葉を幼子は真剣に受け止めたのでしょう。
それが、信吾の問いに対する神様の答えとして。

 

そして、卒園の色紙には可愛い小さな手形と共に、
「大きくなったら牧師になりたい」
と、書かれてありました。

 


翌春、小学校に入学した信吾はその夏、服を脱いでケロイドの跡を人目にさらす勇気ある行動を取ったのでした。

 

しかし、子供たちの中にある残酷さは、そのケロイドの姿から連想した当時流行っていたグロテスクなキャラクター「人造人間キカイダー」の名前をあだ名に付け、はやし立てたのでした。

 

それにも負けず、裸でプールの時間を押し通した信吾には驚かされましたが、小学2年生になった時、突然スイミングスクールに行きたいと言い出したのです。

 

そのスイミングスクールは、この辺りに出来た、当時としては最新の人気施設でしたから電車に乗って広い範囲から多くの子どもたちが来ていました。

 

さすがの私も、そんなにたくさんの人々の好機の目にさらされるのは止めて欲しい、過酷過ぎる、というのが本心でした。

 

その思いをぐっーと飲み込んで、神様がきっとこの子にチャレンジするように語りかけているに違いない、それを勝手な親心で止める訳には行かないと思い直し、信吾の申し出を受け止める決意をしたのでした。

 

(左端が小学生の信吾 妹・弟・私と共に撮影)

 

きっとたくさん意地悪な言葉を浴びせかけられたと思いますが、一度も泣き言や、やめたいと言わなかったように記憶しています。

 

そのうち、私も信吾のケロイドを気にしなくなっていったように思います。

 

我が子に教えられた信仰者の生き様でした。

 

信吾は、幼い時の決意は忘れていたようですが、現在新潟の山深い村の教会の牧師として17年間、忠実な歩みをしている事は私の誇りです。

 

(信吾ファミリー写真 高砂教会にて)

 

こうして私の大失態で、息子の身体と心に大きな傷を残すだろうとの後悔と心配を、神様は見事に主の栄光へと引き上げてくださいました。

 

万事を益としてくださる神様のお計らいの素晴らしさを褒め称えます。

 


この後も、教会は新しく救われて聖霊の恵みに満たされ、成長して行く人々が増し加わる一方、これまでの教会の伝統や交わりに固執して行く人々の葛藤が渦巻き、緊張関係が増していったと思います。

 

やがて、祈祷会の祈りの中から、この調子で人々が増えて行くならば、新会堂を建てようではないかとの機運が盛り上がり、手束牧師がこれを神様の導きと受け止めて、祈りの中で確信のみ言葉が与えられたので、土地取得へと大きな決断をしたのでした。

 

そして、次々と不思議な扉が開かれ、考えられない導きを受けて、高砂のカネボウ工場跡地に整備された7万坪の住宅街の中心地が教会用地として準備されました。

 

将来の教会を夢見て、喜び溢れてさらに祈る者たちがおこされる一方、手束牧師が教会を余計な・厄介なことへと勝手に引っ張って行こうとするとしか思えない人々によって、その横暴を食い止めようとする思いが更に表面化して行くのでした。

 

 

 

 

 

 

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美智子の牧師夫人物語 / 16:40 / - / -
2016年12月のイベント振り返り
恵みが盛りだくさんな12月でした!
ハレルヤ☆

12月4日 教会学校幼稚科・小学生科クリスマス会



12月4日 イルミネーション点灯式

例年よりイルミネーションがパワーアップしました(о´∀`о) 12月10日 T.C.G.C. クリスマスゴスペルダンスライブ




12月17日 教会学校中高生科クリスマス会

感動の一日! 大阪のJ-Houseからゲストチームで来高してくださいました(o^^o)

12月17日 クリスマスinチャーチ
マジシャンのフーガさんとハルカさん夫妻によるイリュージョンで驚き、体験談に感動の涙!


12月24日 燭火礼拝


12月25日 クリスマス特別礼拝
と午餐会



12月30日 餅つき大会


そして、今夜は祈りと礼拝をもって除夜祈祷会の中で新年を迎えます。


みなさま良いお年を。
来年も霊に燃えましょう!

- / 15:07 / - / -
年末恒例 餅つき大会
クリスマスの多くの恵み溢れるイベントが終わり、早くも年末を迎えましたね…

年末と言うことは!
高砂教会 年末恒例の餅つき大会です(^∇^)

本日、教会大掃除の後、お昼からは餅つき大会が行われました。

子供から元老牧師先生まであらゆる世代がついたお餅は本当に美味しい!


見事なフォーム

力強い主任牧師先生

ちびっこも参加!

女の子たちも頑張りましたよ〜



ニッポンを体験

こう見えてベストオブ餅つき人

餅つきをするとようやく年の瀬を感じます(^^)

1月1日元旦 10:15am〜初詣礼拝です(*^^*)
礼拝後には新年会があり、今日ついたお餅でお雑煮が振る舞われます^_^

- / 16:35 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 成功の意味 ☆ ** ホザナ通信2014年5月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 成功の意味 ☆ ** ホザナ通信2014年5月号より 

 いよいよ田植えの季節となりました。
 水辺の生き物たちが活発に活動を始めます。
 ホザナ通信5月号を発行できないまま6月中旬になってしまいました。
 もう6月号にしようか…と思いつつも、やっぱり5月号として発行することに致します。
 
 今月は「正しすぎてはならない」(高橋秀典著)を読みました。
 旧約聖書の『伝道の書』から高橋牧師が語った説教をまとめた書物です。
 ビートルズのことなどを引用しながら、人生の虚しさに対する聖書の答えを深く説き明かしています
 その中で皆さんと分かち合いたい箇所を引用します。

 埼玉のジョン・レノン・ミュージアムに行って何よりも教えられたことは、20世紀後半の文化に最も大きな影響力を発揮したビートルズのリーダーにとっての最高の幸せは、ヨーコとの静かな生活のただ中にあったということです。
 そのとき私も、「僕の最高の幸せも、洋子(筆者の妻)との今ここでの生活にある」と心で感じられました。
 それは本日の箇所の結論、「日の下であなたに与えられた空しい人生の日々に、愛する妻との生活を楽しめ…これこそが、あなたが日の下で労したあなたの人生と労苦からの受ける分なのだから」(9章9節)
 に記されている通りです。
 
 ジョン・レノンが凶弾に倒れる数ヶ月前にリリースした「ウーマン」という曲で、ヨーコへの心からの感謝の気持ちを歌っています。
 それは彼女がジョンに「成功の意味」を教えてくれたからだというのです。
 彼は五年間近くも家事と子育てに専念しながら、そこに人生で最高の宝を発見できました。
 彼はその秘訣を、女性が男性の内側にある幼子の心をよく理解できるからと歌っているように思えます。
 とにかく、彼はそこに、たましいの安らぎを感じることができました。
 
 私は、ジョンとは異なった信仰的な立場に立っていますが、かつて何かに駆り立てられるように忙しく生きていながら、人生で目指すべき成功が最も身近なところにあることを気づかずにいました。
 しかし、私たちの心の底にある「成功への憧れ」は、今ここでの、神との交わり、また、神が与えてくださった最も身近な人との交わりの中で満たされるものなのです。

 「成功の意味」。
 それは偉業を達成することではなく、今ここにある人間関係といのちの神との交わりの中にある!
とは意味深長です。
 とかく「成功」を有名になること、一財産を築くこと、目を見張る偉業を達成することなどと理解しがちです。
 確かにそれも成功です。しかしそういうことのみが成功だとするならば、ほんの一握りの人しか成功できないことになってしまいます。
 またそういう成功の裏で、人間関係が崩れ、家庭が崩壊するなら、その成功はその人の心を満足させることはないでしょう。
 
 誰でも達成できる可能性のある成功は、まさに今日の聖書が教えている「関係」の中にあるのです。
 人間は関係の存在です。
 妻や夫との関係、親子関係、身近な人々との関係…、そこに愛し愛される温かい交流が流れている、互いに相手を喜ばせる思い遣りがある、赦し合い受け入れ合う安らぎがある。
 人生の様々な苦労が、そういう関係を育てていくことになるのなら、どんなに心を充足させることでしょうか。

 しかし現実的には人間関係ほど煩わしいものはありません。
 心の傷の殆どは人間関係が原因です。
 ですから今日多くの人々が、表面的な人間関係しか築こうとしません。
 しかしそれでは淋しすぎて、間違った人間関係に深入りしてしまう悲劇が起こっています。
 聖書の中にこういう言葉があります。

平穏であって、ひとかたまりのかわいたパンのあるのは、争いがあって、食物の豊かな家にまさる。箴言17章1節

「成功は関係の中にある」。
このことを心に刻み、人生の苦労をより良い関係を育む肥料と致しましょう。


                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

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新谷主任牧師 / 12:57 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第12回

第12回

 

高砂教会は、1975年で既に創立75年という歴史を有していました。


その多くの時間は家の教会として、明石の教会より牧師が来られて信徒の面倒を見るという形での教会形成だったようです。


その後、昭和27年に米軍の宿舎の払い下げを受け、かまぼこ型の簡易教会堂が建てられ、ようやく高砂の人々の目に認識される教会として歩みを進めて行きました。


その歴史の流れを大きく変えることになった、1975年の教会修養会での聖霊降臨の出来事は、教会を揺さぶり、人々の信仰の在り方を揺さぶり、人間関係を揺さぶるものでありました。


修養会の会場で聖霊体験をした人々の中にも疑念が生じて行きました。
これまでの信仰理解を脇に置いて、新しい流れの中に身を委ねて行くことがどんなに難しいことであったでしょう。


私達夫婦にとっても、全く初めての聖霊降臨の出来事でしたから、このような状況をどのように導いて行けば良いのかさっぱりわからず、只々必死に祈りつつ、聖霊の導きに従う他ありませんでした。

 

不思議なことに手束牧師は、図らずも神学部でパウル・ティリッヒの組織神学を専攻し、聖霊について深く学び、研究していたのでした。


また明治18年、高砂地方への伝道を開始された明石教会の川本政之助牧師は、毎日朝早く明石城の天守閣に登って祈りを続ける中、圧倒的な聖霊体験をされ、熱い思いに押し出されて、激しい迫害の地高砂への伝道を開始されたのでした。

 

神様は、高砂教会の歴史の中にすでに大きなご計画を置いておられたのだと、驚嘆せずにはいられません。

 

 

しかし、これには大きな戦いを乗り越えなければならない試練がセットされていました。


いつの世も新しいものが流れ込んでくる時、新旧摩擦が起こります。


イエス様ご自身の歩みそのものが聖書に記されているように、古い律法(仕来たり)に染まってしまったユダヤ人達への信仰の在り方に対しての挑戦であられました。


その結果、ユダヤ人たちの激しい怒りと妬みを買い、十字架へと追いやられていったのでした。

 

 

私達にも激しい抵抗や攻撃が始まりました。


そんな中、長男の信吾が瀕死の大火傷を負うという災いが降りかかって来たのでした。

小さな身体に、煮えたぎった土鍋が…。1ヶ月後に迎える5歳の誕生日も、壮絶な苦しみの中ですっかり忘れてしまっていました。


慌てふためき救急車を呼ぼうとすると、幼い信吾が叫びました。

「お父さん!救急車呼ばないで!お父さんがお祈りしてくれたら治るから!」と言うのでした。

 

 

聖霊体験をしてからというもの、私達の信仰も大きく変えられ、神様は今も生きて働いておられ、祈りは神様がみ手を動かしてくださる素晴らしい力であると、確信していましたが、目の前の状態は救急車を呼ぶことが正しい判断だと、大人の対応をしました。


この信吾の叫びは、私への挑戦でもありました。


「幼な子のようにならなければ、天の国に入ることは決してできない」とのイエス様の言葉が、この後の信吾の行動でさらに明らかにされて行くのでした。

右端の男の子が長男 信吾

 

 

 

 

 

 

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美智子の牧師夫人物語 / 10:22 / - / -