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日本キリスト教団高砂教会ブログ Weekly Church News

高砂教会広報部がお届けするHOTな情報☆日々のアレコレ!
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第18回

第18回

 

1988年11月、高砂教会は大きな歴史的転換点に立ちました。

 

これまで町の片隅にひっそりと佇んでいた教会から、町のメインストリートに面した場所に、威風堂々とした見事な教会堂を建設して移転したのでした。

 

(↑旧会堂で捧げる最後のペンテコステ礼拝の後)

 

 

私たちが赴任してからここに至るまでに、15年の時が流れました。
その間子育て真っ最中の時を通りましたが、十分な時間を子供たちに注ぐことができませんでした。

 

(↑新会堂に移ったばかりの頃の家族写真)

 

 

教会形成の苦悩と葛藤の時代を夫と共に支え合って、ひたすら教会をたてあげることに全精力を傾けていたように思います。

 

それゆえ、大切な自分の内面の問題に目を向けることに思い至らない激動の時代であったと思います。


そんな状況でしたが、よく周りの人から言われたことは、私がどんな時も変わらない笑顔でいたということです。

 

無理やり頑張ってそうしていたわけではないのですが、いつも浮かんでくる思いがありました。

「私を召された方は真実なお方、今起こっていることは、全て神様が知っていてくださる、だから神様に信頼して行けば良いのだ」
との内なる声でした。

 

それは父の牧師としての歩みを通して、
「どんなに悪い状況に陥ったと思えても、神様は真実の愛を持って導き助けてくださる」
という信仰の確信をもらっていたからなのでしょうか。

 

 

新会堂に移されてからの歩みは、霊の次元に於ける新たな挑戦の時代となりました。

 

それは、教会の使命と目標を明確に掲げると同時に、私たちの意識改革を迫られることでもありました。

 

教会目標に先ず掲げられたのは、

一千人教会を目指して多くの人々に福音を大胆に伝えていくこと。
また、海外に開かれた教会として、海外宣教に携わっていくこと。
日本の諸教会に聖霊運動を推し進めていくこと。

 

これらの目標は、単に高砂教会が成長するという自己目的ではなく、さらに神様の願っておられる大きな視野に立たされるということでした。

 

教会の働きをしっかりと推し進めるための組織を構築し、信徒訓練を重んじ、様々な集会が持たれ、手束牧師自ら多くの学びを受けて、信仰が引き上げられて行きました。


やがて、あちらこちらから要請を受けて、日本国内にのみならず海外へと出かけることが多くなりました。

 

 

教会の信徒の数もどんどん増えるに従って、私のこれまでのあり方では、対応できない場面に直面させられることになりました。

 

(↑1993年3月 牧会20周年記念)

 

 

救われる方々の中に、本人では抱えきれない問題を背負って信仰生活を始められる中、内面の葛藤から来る精神的混乱に陥り、助けを必要とされる方々が次々と出でくるようになりました。

 

それらの方々をどの様に取り扱うのか専門的な学びを受けていないにも拘らず、無我夢中で目の前の人が神様の愛によって癒され、解放され、信仰確立に至る様にとの一心で、必死に悪戦苦闘しながら向き合っていきました。

 

しばらくして、カウンセリングの講習を受ける機会が与えられ、その学びが深まっていく中、否応なく自分の内面の問題に直面させられることとなりました。

 

そこで、徐々に気づかされ始めたことは、自分の未熟さと傲慢さでした。


「私は人を裁かない、私は人に対して公平に接している、私は嫉妬やひがみの感情を持っていない」という自負心が危うく感じられることが多くなってきました。


疲れを覚える時が多くなり、孤独を感じることが度々起こってきたのです。

 

ある朝早く礼拝堂で祈っていると、私の内側からびっくりするような感情が溢れてきました。

 

「私は孤独だ!他の方々の働きの方が素晴らしく見える。私の中に嫉妬心があった!私は損な役割ばかり担わされている!」
などの醜い感情だったのです。

 

こんな思いが押し込められていたなんて!驚きました。

 

涙が止めどなく溢れました。今までどんなに苦しくても泣くことがほとんどなかった私です。

しかしその時、暖かい手が私の肩を抱いて下さっている感覚を覚えました。
すぐにイエス様だとわかりました。
    
「美智子!あなたの私に対する愛、それは目の前の人の苦しみに寄り添い助けてくれたことだよ」と。

 

嬉し涙が溢れました。そして父の遺言の言葉を思い起こしました。

「良いか!一番大切なことは、一に謙遜、二に謙遜、三に謙遜だぞ!」

 

私はどこかで、自分は謙遜に歩んできたとの傲慢に陥っていたのだと気づかされ、涙ながらに悔い改め、祈りました。

 

そこから私の深い部分の癒しと解放がなされていきました。

 

 

今は解放され過ぎて、孫がこんな川柳を作ってくれました。

 

『おばあちゃん、いつも元気で笑い過ぎ』

 

教会中で一番大きな声で笑っているのが、私かも知れません。

 

「神のなさることは、みなその時にかなって美しい」伝道の書 3章11節
 

 

 

 

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美智子の牧師夫人物語 / 11:25 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 病気になっても壊れない幸せ ☆ ** ホザナ通信2016年5月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 病気になっても壊れない幸せ ☆ ** ホザナ通信2016年5月号より 

皆さん、お元気ですか?4月からホザナ通信編集担当が変わりましたが、私は隔月で執筆させて頂く事になっています。
よろしくお願いいたします。


それにしても5月だというのに暑いですね。
体調にはくれぐれもお気を付け下さい。 
先々月に引き続き「神様がくれた弱さと微笑み」(西村隆著)から巻頭言をお届けしたいと思います。

 不治の病気を宣告されても
 私は誰にも負けないくらい幸せです。
 病気になったくらいで
 壊れるような幸せよりも
 病気になっても
 より強く実感できる幸せを
 創りませんか

 これは西村隆さんの短いけれども力強い呼びかけです。
ドキッとしませんか。西村氏は関西学院神学部を経て、神戸聖隷福祉事業団に入社。
37歳の時にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発病。
この病気は運動神経が障害されて筋肉が萎縮していく進行性の神経難病です。
病気が進行し、徐々にしかし確実に手足が、体が、口が動かなくなる中で、彼は文章を綴っていきました。
 西村氏が不治の病を患ったことが周囲に伝わっていくと、多くの知人友人が、「病人は不幸な人」とばかりに、様々なアドバイスをしてくれたそうです。
全て善意からの熱心なアドバイスでした。しかしそうであればあるほど、彼は違和感を感じるようになりました。
 西村氏は「治るとか、以前のような健康になることはあきらめて、この病気とうまく付き合っていこう」と決断をしました。
患っている病気にもよるのでしょうが、彼の場合、自分の限られた時間やエネルギーを、治ることだけに使わないで、生活全体にうまく配分しようと考えたわけです。
そして家族と過ごす時間、新しい人達と出会うことに時間とエネルギー使っていきました。 
彼は「人生の目的は、健康で長生きすることではありません。もっと内面的、精神的、霊的なことが大切です」と言っています。ALS(筋萎縮性側索硬化症)という不治の病に限らず、人はみな人生に終わりがあるのは決まっています。
時々刻々と命の時間は短くなっているのです。
各自が残された時間を何のために使うかが問われます。
その使い方によって、冒頭で取り上げた西村氏の
「病気になったくらいで、壊れるような幸せよりも、病気になっても、より強く実感できる幸せを創りませんか」
という言葉が実現されるのでしょう。 
また西村氏はこうも言っています。
病を得て、数え切れないものを失い続けています。
例えば、ハンバーガーにかじりつくこと、町を歩いたり、お喋りしたり、何かをすること、出来る事。
英語で言えば、《DOING》の世界に生きること。
そこにこそ、生きる意味や価値があると考えていました。
「私でもいきていて良いのかなあ」。
不安で仕方がありません。 
病を得て、数え切れないものを失い続けても、残るものがあります。
何もできないかもしれないけど、私は今、確かにここにいます。
英語で言えば、《BEING》の世界。
ここにも生きる意味や価値があると気がついたとき、「私でも生きて良い」。
不安は去り、心にゆとりができました。 

病を得て、数え切れないものを失い続けて、私を見つめる目があります。
私はその目にどんな姿を映せるだろう。
悲しんではいられない。苦しんではいられない。
「私は、より幸せに生きるべきた」。

幸せを問い始めました。 
無駄なものがそぎ落とされて、はだかになったたましいが感じたものは、人のぬくもり、共にいる幸せ。
私の幸せ、ありえない。
あるのは、私たちの幸せ。
私のいのちが、ぱっとはじけてひろがりました。
共にあるいのち。共にいる喜び。
そしてイエスと共に。

 この西村氏の言葉をとおして、人間のもっとも原初的な幸せと安心は「共に」のなかにあるのだと気付かされます。 
子どもが小さければ小さいほど「共に」を求めます。
成長と共に自立していきますが、「自立」は「孤立」ではありません。
健全に「共に」いるための「自立」です。
やがて老年になり様々身体の機能が失われていくときに「共に」いることが益々必要になります。 
共にいる喜び、幸せを大切に育てていきたいですね。 
                                                         
日本キリスト教団高砂教会現主任牧師 教会学校教校長 新谷和茂
ホザナ通信2016年5月号より

子育てや人生に関する記事が連載されている
月刊ホザナ通信(無料)は郵送も承っております。
興味のある方は高砂教会へご連絡ください。
ホームページ:http://takasago-church.com/

 
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新谷主任牧師 / 13:07 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 状況に適った言葉を語る ☆ ** ホザナ通信2015年3月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 状況に適った言葉を語る ☆ ** ホザナ通信2015年3月号より 

 桜が咲きいよいよ春本番と思いきや、冬に戻ったかと思うほどの寒い日が来ましたね。
ホザナ通信をお読みの皆さま、体調にはくれぐれもお気を付け下さい。


 さて、3月号が思いっきり遅くなって諦めかけておりましたが、「継続は力なり」で発行致します。
 この度私は、「神様がくれた弱さとほほえみ−20編の小さな物語」(西村隆著)を読みました。
西村氏はALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っておられる方です。
この病気は運動神経が障害されて筋肉が萎縮していく進行性の神経難病です。
病気の進行は個人差はありますが、手や足をはじめ体の自由がきかなくなり、話すことも食べることも、呼吸することさえも困難になります。
しかし、基本的には他の内臓、感覚、自律神経と頭脳はほとんど障害されることがないそうです。
西村さんは37歳の働き盛りにこの病気になりました。
身体機能が徐々に衰えるなか、動きにくくなった手をやっとの思いで動かして文章を綴っていったのがこの書物です。
 最初の章「たった一言」には、西村氏が発病した最初の夏に、ハワイへ家族旅行に行った時のエピソードが記されています。
お決まりの観光地巡りの他に、教会の集会にも参加した様子が報告されています。以下、本文を引用します。

 サムさんの家は小高い丘にあって、綺麗な海を一望出来る静かな町にありました。
夕方、十人ほどの人が集まりテーブルを囲みました。
アメリカでは日常的にあるホームパーティで、滞在中、何回か招かれました。
 どこの国でもパーティの主役は女性です。
私とサムさんは楽しいおしゃべりに耳を傾けていました。
すっかり打ち解けたころ、話題は私たち家族に移りました。
もう何回となく話し慣れた病気のこと、将来、家族。
 明るい雰囲気は一変して、真剣でかつ深い同情の会話が溢れました。
それまでほとんど口を開かなかったサムさんがポツリ、ひとりごとのように
「安心なさい、子どもたちはあなたがいなくなっても、しっかり生きていく。大丈夫、安心なさい」。
そのことばに触れたとき、「あっ」と小さく叫びました。
そして次の瞬間、涙があふれて止まりませんでした。
でも今まで流した涙とはまったく違うものです。
それまで流した涙は、くやしさ、怒り、無念でした。
冷たい涙は、こころもたましいも凍らせます。
今回の涙は、重荷、緊張から解放された、喜びの熱いものでした。
 サムさんは日系アメリカ人、第二次世界大戦ではヨーロッパ戦線に従軍、何度も生死の境を経験しています。
それ以上の経歴は知りません。
 私との接点はこの時限り。
彼はきっと私の事は覚えていないでしょう。
まったく関係のない彼の「安心なさい」ということばは、心の中で根を生やし、グングン成長し続けていて、今も私を支えてくれています。
 平凡で何処にでもある小さなことば、いえ、ことばとはかぎりません。
仕草や行為かもしれません、が何でこんなに輝くのでしょうか。
魂に届いたことば。
私は、このたった一言に出会うために、ハワイに行ったような気がする。

 サムさんの「安心なさい、子どもたちはあなたがいなくなっても、しっかり生きていく。大丈夫、安心なさい」という言葉はなかなか言えるものではありません。
戦争で死線をくぐり抜けてきた方だからこそ言えた言葉だと思います。
普通なら、その場の空気を読み過ぎて余計な励ましをしてしまうところです。
 悩みの中にある人に語りかけることはなんと難しいことでしょう。
相手の状況に適った言葉を語り、心をほぐし、励ましをプレゼントできる言葉を語りたいですね。
そのためには、沈黙を言葉で埋めようと焦らず、相手の心に寄り添いながら、神様に耳を傾ける祈り心が大切なのだと思わされます。 
                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2015年3月号より


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新谷主任牧師 / 08:05 / - / -
シニアいきいき礼拝と聖霊降臨42周年記念祈祷会
2017年6月28日(水)いきいき礼拝がありました(*'▽'*)
多くのシニアの方が参加され、共に主を賛美し礼拝を捧げました!

ゲストはカリスチャペル白庭台の村上裕和子牧師夫人でした(^-^)
ステキな歌声で主を賛美してくださいました。
裕和子先生の朗らかな笑顔に私たちも明るくなりました!






お昼ご飯をいただいたら、みんなで楽しく体操です(o^^o)




来月はシニア知っとこシリーズ第5回が開催されます。お楽しみに!



夜の祈祷会では、高砂教会聖霊降臨42周年を記念する祈祷会として、42年前聖霊降臨があった直後の高砂教会に来られた上野兄が当時のことをお話してくださいました(*^^*)



聖霊降臨ハレルヤ!






- / 22:34 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ エリーこと竹鶴リタが残してくれたこと ☆ ** ホザナ通信2015年2月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ エリーこと竹鶴リタが残してくれたこと ☆ ** ホザナ通信2015年2月号より 

 みなさん、こんにちは。寒い日が続きますが、陽の光は確実に春の輝きになっています。


 NHK朝の連続ドラマ「マッサン」が大変な人気です。
 その影響でしょうか、国産ウイスキーが品薄になっているそうです。
私も毎朝欠かさず見ています。
マッサンとエリーの夫婦愛に深く感動します。
みなさんは、このドラマのモデルがニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝・リタ夫妻であることは既にご存知だと思います。
リタはイギリス聖公会のクリスチャンでした。
ご主人の政孝も亡くなる前に「自分もリタと同じ所に行きたい」と洗礼を受けたようです。
そんなこともあって、キリスト教界でも竹鶴リタに関する記事や本が出版されています。
早速私も読みました。
ホザナ通信ではドラマでは描かれていないリタの信仰の姿をご紹介したいと思います。
 リタの本名はジェシー・ロベールタ・カウン。
1896年にスコットランド、グラスゴーの小さな町で生まれました。
4人弟妹の長女で、お父さんは医者でした。
1914年に勃発した第1次世界大戦で婚約者を戦争で失いました。
数年後父親が心臓発作で急逝してしまうのです。
一家の大黒柱を失ったカウン家は屋敷を手放さざるを得ませんでした。
婚約者も父親も屋敷も失ったリタは、悲しみに暮れる日々を過ごしました。
そんな時に出会ったのが政孝でした。
政孝はグラスゴー大学でリタの妹と出会い、弟ラムゼイに柔道を教えるためにカウン家を訪ねるようになっていたのです。
 二人は恋に落ちました。
政孝は「結婚しよう。君が望むなら、故郷を捨てこの地に留まる覚悟でいる」とプロポーズ。
リタは「いいえ、あなたには大望があるはず。私たちは日本に行くべきです。絶対に」と答えました。
当時の日本は政府の許可を得ないと国際結婚ができない時代でした。
二人は周囲の反対を乗り越え結婚し日本に戻ってきたのです。
 リタは帝塚山学院で教師などをしながら、苦しい時期の政孝を陰日向となって支え続けたのす。
リタが大阪に住んでいる時、大阪聖アンデレ教会に通っていました。
その教会には養女リマ(ドラマではエマ)が幼児洗礼を受けた記録が残されています。
リタが日本に来るとき母親が持たせてくれた聖書と十字架がありました。
リタは苦しい時、悲しい時、いつも自室に入ってこの聖書を読み、十字架を握って祈っていたようです。
 北海道の余市に移り住んでから、リタは小樽聖公会という教会に通っていました。
その頃のリタの信仰がうかがえる記録が残っています。
それは教会への献金記録です。
この時ニッカウヰスキーはまだウイスキーを造ることができず、りんごジュースを造りながら苦戦をしていた時代です。
決して余裕のある生活ではなかったはずですが、会堂改築のために多くの献金を捧げたのです。
 北海道の竹鶴家でお手伝いさんとして3年間働いた水田一子さんという方がおられます。
リタは料理が大変上手で梅干しなども付けていたようです。
今でもリタが漬けた梅干しが残っています。
政孝もリタの料理には大変満足していたようです。
水田さんは18歳からお手伝いさんとし働き、リタから沢山の料理を教えてもらったようです。
 そんな水田さんとリタとの印象深いエピソードがあります。
ある年のお正月。水田さんはリタに「これは竹鶴家の大切なものだから、絶対に割らないでくださいね」と、瀬戸物のお重を渡されました。
しかしあろうことかその瞬間ガシャーン!水田さんはお重をうっかり割ってしまったのです。
水田さんは、何てことをしてしまったのか…と顔を上げることができませんでした。
するとリタは声を荒げることなく優しくこう言いました。
「形あるものはいつか壊れます。心配しないでいいですよ」と。
このリタの赦しの言葉に水田さんは深く感動しました。
その後、水田さんは、人生の様々な状況で赦せないと思う時に、このリタの言葉を思い出し、赦すことを心掛けてきたそうです。
 西洋人に対して偏見の強かった時代にやって来たリタ。
苦労の多い人生でした。
しかし彼女が歩んできた道には今や多くの花が咲き、人々を励ましています。

                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

 

ホザナ通信2015年2月号より
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新谷主任牧師 / 07:44 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 「しあわせ」は危険なひびき ☆ ** ホザナ通信2015年1月号より

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 「しあわせ」は危険なひびき ☆ ** ホザナ通信2015年1月号より
 

  2015年になって早1ヶ月が経ちます。
1月は「行く」、2月は「逃げる」、3月は「去る」と言いますが、本当に月日が経つのは早いですね。


 先日私は「こころのふしぎ なぜ?どうして?」(正・続)を読みました。
この本は、小学低学年向けに、子供たちの率直な疑問にイラスト付きで分かりやすく答える内容になっています。
私としては納得のできない回答もあるのですが、全体としては良い内容です。
昨年このシリーズが出版されると、子供以上に大人に大きな反響があったようです。
分かっていてもどう説明したらいいのか分からないことを、この本が説明してくれているからでしょう。
 今月この本から分かち合いたいことは、続編の「しあわせのふしぎ」という章です。
そこには先ずこう記されています。

 しあわせは、自分の心が決めるものです。
そのため、自分が「しあわせ」と感じれば、しあわせになれます。
そう、しあわせになるほうほうは、一人ひとりちがうのです。
また、しあわせは一人に一つではありません。
一人の心の中には、たくさんのしあわせがつまっています。
 自分がしあわせになるほうほうを知るためには、まず、心の中をのぞいて、自分の「しあわせの形」をたくさん見つけるところから始めてみると、よいかもしれません。

 ここで記されていることは、「しあわせは客観的なものではなく主観的なものだ」ということです。
しあわせの条件は心にあるのであって、置かれている状況や環境ではないのです。
経済的物質的に豊かであってもしあわせを感じられない人がいます。
逆に経済的物質的に貧しくてもしあわせを感じて生きている人もいます。
心の持ち方・感じ方、物事の考え方・受け止め方がしあわせを感じる否かを決めていくのです。
マスコミは「不況から抜け出せない、豊かさを感じられない、格差が益々拡大している」だのとテレビを通してお茶の間にそんな情報を垂れ流しています。
私は「マスコミは国民の心を操作しようとしている」と感じずにはおれません。
マスコミから流れてくるそんな情報によって、私たちの心に不幸せ感が募り、不平等感が増幅せられ、将来に対する不安感が膨らみます。
結果、沢山の人たちが、世界一幸せな日本で不幸な心で生活し、世界一平等な日本で不平等感で苛立ちながら生きてしまっているのです。
マスコミは国民の心をゴミ箱のように扱っているのではないでしょうか!
マスコミのことを「マスゴミだ!」と言われても仕方がないと思います。
 もう一つこの本に「『しあわせ』は、きけんなひびき…」というページがあって、

「しあわせとは、考えすぎると『そのしあわせいがいはしあわせじゃない』と思い込んでしまう、少しこわいことでもあるのです。」と書いています。
成る程です。
 確かに、しあわせを考えすぎると、「それ以外はしあわせじゃない」という思い込みというか錯覚が生じます。
それ以外にもしあわせを感じられる生き方や道が幾つもあるのに、視野が狭くなって「これしかない!」と錯覚に陥ってしまうのです。
そして「その一つだけのしあわせ」を掴めなかったから、挫折感、敗北感にさいなまれ、ひどい場合は、逆恨みに至ることもあるでしょう。
テレビなんかでよく聞く「夢を諦めないで!諦めなかったら夢が叶う!」というマジックワードが、もしかしたら、「これしかしあわせはない」という錯覚を引き起こさせてしまうのではないかと思うことがあります。
 他にも「しあわせの危険性」はあるでしょう。
例えば「親のしあわせを子どもに押しつける」「しあわせを目的にしてしまう」「しあわせの土台を人に置いてしまう」などなど…。
誰しも「しあわせ」を求めて生きています。
「しあわせ」のために勉強に励み、一生懸命仕事をします。
それは素晴らしいことです。
でもその「しあわせ」がいつの間にか微妙にズレてしまって「不幸」を呼び込んでしまうことが多発します。

聖書はこういうズレのことを「罪」と表現しています。
このズレの本質は「自己中心」です。

「自己中心」を「神中心」に入れ替えるときに、「しあわせのズレ」が修正され、「しあわせの危険性」を回避することができるようになるのです。

「自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。」マルコ8章35−37節


日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

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新谷主任牧師 / 17:49 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第17回

第17回

 

高砂教会に赴任し、激動の10年間が過ぎましたが、聖霊の働きは止まることなく、高砂教会を導き続けられました。

 

会堂建設の挫折、教会分裂と決定的な打撃を受けたにもかかわらず、救われる人々は着実に増やされ、国内外の牧師や宣教師の励ましを受けて、教会は順調な回復を遂げ、前進して行きました。

 

 

分裂の2年後には再び会堂建設用地取得を目指して取り組み始めました。

 

正直、私の内心は「神様!まだあまりにも早すぎるのではありませんか!教会を立て直すのに時間が必要です。もう少しゆっくりさせてください!」と呟いていました。
私の人間的なつぶやきは、きっと当時の信徒の方々にもあったのではないかと思います。

 

しかし聖霊の導きは流れをとめることなく、会堂建設委員会が組織され、着々と進められて行ったのでした。


ついに1985年、現在の荒井町紙町に250坪(1億円)の素晴らしい土地を購入する運びとなりました。

 

 

当時の教会員は80名位でしたから、相当の信仰の覚悟が必要でした。
先ず私たちの献金目標は3千万円と定められました。

 

この捧げものには、信徒たちの驚くべき応答があり、現実に働かれる神様の奇跡を体験する者たちもおこされました。

 

しかし、 目標まであと300万円が満たされずに祈っていた時「必ず満たされる」との神様の約束を受け取りました。

 


その年が明けて間もなくのころ、父(三島実郎牧師)に異変が起こりました。
肝臓の末期ガンの宣告を受けたのです。

三島実郎牧師

 

しかし、父は即座に入院を拒否し、必ず神様が病を癒してくださると信じ、何一つこれまでの生活を変えずに、牧師としての働きを続けたのでした。

 

しかし、だんだんと腹水が溜まり、相撲取りのような身体となっていきましたが、日曜日のメッセージを休むことなく講壇に立ち続けました。

 

その痛みと身体のだるさは、想像を絶するものだったと思いますが、肉体の衰えと反比例して父の霊性は研ぎ澄まされ、神様との深い交わりの中に導かれ、時には何度か天国の情景を垣間見る不思議な体験をするようになりました。

 

 

7月4日(木)のことでした。私が父の看病で泊まり込むため、高砂を出て神戸の鷹取教会へ向かいました。

 

到着すると、いきなり父が「お前と2人だけの葬儀をしよう」と言いだしました。「美智子、ナルドの香油を持って来たか?」と、思いもよらぬことを言いだしました。

 

不思議な問いかけでしたが、私も同じく不思議に出かける直前、普段は使わないオーデコロンをなぜかバッグに入れていたのです。

私はとっさに父の真意を悟りました。


イエス様が十字架にかかられる前に、1人の女が高価なナルドの香油を注ぎかけ、葬りの準備をしたように、父も天国に帰る準備をしているのだと。

 

そして私が父にオーデコロンを振り掛けると、父は私のことをどんなに愛しているかをまるで恋人に告白するかのように語ってくれました。

 

それは、父の祈りが実を結び、娘である私が手束牧師の妻として夫を助け、高砂教会に仕えている姿が、何よりの喜びだったからだと思います。

 

父は苦しい息の中、「一に謙遜、二に謙遜、三に謙遜、を肝に銘じて主に仕えて行くように!」との遺言を語り、私のために祈ってくれた後、爽やかな声で「あぁ〜!良い葬儀やったなぁ〜」と、満面の笑みを浮かべてくれました。

 


父の臨終は、あまりにも感動的で、今回は触れることができませんが、「人は生きてきたように死んで行く」と言われている通りの最期を迎えました。
その光景は、多くの参列者の瞼に今も鮮やかに焼き付いていることと思います。

 


土地取得に足りなかった300万円は、父の残してくれたものでぴったりと満たされたのでした。
父は、新会堂をこの世で見ることは出来ませんでしたが、天においてどんなに喜んでくれたかと思います。

 


こうして高砂教会は、町はずれの忘れられたような所から、現在のメイン通りに移転し、威風堂々とした教会堂が建てあげられたのでした。


田中角栄元総理が「日本列島大改造」を打ち出し、ブルドーザーとあだ名されましたが、手束牧師も聖霊様の導きに従順に従い、ブルドーザーのように走り続けてきたと思います。

 

私はハラハラドキドキしながら必死に祈り、聖霊様の励ましと導きなくしては到底ついて行けなかったと思います。

 

神様は愛のゆえに、厳しい訓練の時期を通して自我を砕き、御心にかなう者となるようにと導き続けてくださいました。
そしてこれからも。

 


ここまでのスリル満点の歩みは、肉体的には疲労困ぱいの時代でしたが、内面は説明のつかない聖霊様から来る喜びを沢山味わわせていただきました。

 

 

 

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美智子の牧師夫人物語 / 15:44 / - / -
2017.05.21 聖日の一日

本日は特別な礼拝で、「むかし僧侶いま牧師」の松岡広和先生がメッセージをしてくださいました。



松岡先生はお寺の次男に生まれ、仏教を学ぶ大学へ進学されました。
学生のときにすでにお坊さんの仕事もなさっていたそうです。さらに修士課程へ進まれ、卒業し、そして韓国へ留学までされたのです。

「私はなぜ生きているのだろうか。」

松岡先生は高校生ぐらいからこの問いを持ち続け、その答えを求めて仏教を学び続けられました。

しかし、その答えは見つからない…。逆に余計に迷ってくる…。

そんな中、仏教を学びに行った留学先の韓国で天地万物を創造された創造主を見いだし、イエス・キリストが救い主であることを知り、信じるに至ったのです。

詳しくは、のぞみ教会のホームページをご覧ください(^^)
http://nozomichurch.net/


「救いを受け取るとは、宗教を変えることではない。」

お坊さんだったときにお坊さんのまま、神様の恵みによりイエス・キリストによって救われた松岡先生の言葉に深くうなずきました。


そして、高砂教会では1週間遅れて今日が「母の日礼拝」でもありました(*^^*)

お母さんたちに心からの感謝を込めて、カーネーションのプレゼント^o^



元老牧師から元老牧師夫人へ
主任牧師から主任牧師夫人へ(*'▽'*)

1部礼拝後のお昼も今日はスペシャル。

本日は特別に美味しいカステラ付き(*^^*)

今日も神様の大きな恵みに感謝でした!








 


- / 21:04 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ コア・ミッションから離れない! ☆ ** ホザナ通信2014年12月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ コア・ミッションから離れない! ☆ ** ホザナ通信2014年12月号より

 メリークリスマス!
今年もクリスマスがやって来ました。
みなさんはどのようなクリスマスを迎えていますか?
家族や友人知人への優しい心を実践するクリスマスでありますように。
 
さて、今月は「千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン」(野村進著)を読みました。

ご存知ですか?日本には創業100年以上ある企業が15,000社以上あることを!
個人商店などを含めると10万以上あるというのです。

日本最古であり、世界最古の企業は大阪の「金剛組」。
なんと西暦578年(飛鳥時代)から続いているというのです。

日本は世界に類を見ない老舗大国なのです。
そしてその老舗が培ってきた技術が世界産業を支えているというのです。
 
例えば「田中貴金属工業」(田中貴金属)。
創業は明治18(1885)年、今年で129年目。
この企業は、ときどき新聞に金の延べ棒(正式には金地金(きんじがね)という)の広告を出している会社です。
しかしこの企業は、携帯電話のバイブレーションを起こす4ミリくらいモーターに使われている極小ブラシを造っているそうです。
このブラシがなければ携帯電話は動かないというほどの重要アイテム。
しかも殆どの携帯電話には田中貴金属製のブラシが使用されているとのこと。

また世界中の携帯電話の折り曲げ部分で使われている銅箔の4割を製造し、日本国内のライバル一社と合わせて世界シェア9割を占めるのが「福田金属箔粉工業」(福田金属)。
創業は元禄13(1700)年。
優に300年を経ています。
300年以上も倒れなかった老舗企業の背骨に貫かれているものは何なのでしょうか?
11代目の福田誠治さんはこう言っています。

「身の程をわきまえる、というのが、ずうっと貫かれているのとちがうかな。そんな感じが個人的にするんですよ。
バブルのときなんか、それはもう土地を買えとかなんやかんや言われたんですけど、身の程をわきまえたら、自分たちのやる仕事は、そいうものじゃない、と。
『コア・ミッション』(筆者註:コア・ミッションとは「使命の核心部分」)から離れてはいけない、というのは分かっていました。

金属の箔とか粉末を、いかに加工して、いかに人のためになるか。そいうコア・ミッションから離れないことが、自分の身の程をわきまえるということやなと思いますね。
その範囲の中で、いろいろな仕事をしてきたというのは、これからもずうっとかわらないだろうな、と」

京都の老舗に共通する特徴の一つに「身の程を知って分相応に暮らすこと」があるそうです。
福田金属は正にその王道を歩んでいると言えます。

福田氏の言葉「身の程をわきまえる」は、今の日本人に必要な言葉です。
今の日本を覆う文化、特にメディアは「身の程を誤解させる」文化ではないでしょうか。
インターネットの普及によって、幼い子供や多感な青年が、知らなくても良い情報を見聞し、妙に大人になってしまっています。
逆に自分の好きな世界に執着し過ぎる幼稚化する大人もいます。
更にインターネットの匿名性を隠れ蓑にして、まるで自分が神であるかの如く人を断罪する人々が増えています。
また福田氏が「身の程をわきまえる」ことを「コア・ミッションから離れない」と定義づけたことも意味深長です。
全ての人間には、成長段階的に、社会的に、立場的に、能力的に「身の程(コア・ミッション)」というものがあります。
そこから逸脱してしまうときに、自分の人生だけではなく、周囲の人々、更には社会をも混乱させてしまいます。

 
イエス・キリストは自分のコア・ミッションから決して離れず、それを成し遂げたお方でした。
キリストの周囲には、自分達の都合の良いようにキリストを持ち上げようとする動きがありました。
しかしキリストはそういう人々の期待や誘いを一切断ち切り、御自分のコア・ミッションに徹したのです。
その結果が十字架刑でした。
十字架の死こそがキリストのコア・ミッションだったのです。
キリストの十字架の死が、私たちの罪の身代わりの死となり、信じるだけで赦され救われるという救いの道が完成したのです。

クリスマスはこのイエス・キリストがこの世に来られたことを御祝いする日です。

わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。ヨハネによる福音書10章11節



日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年12月号より


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興味のある方は高砂教会へご連絡ください。
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新谷主任牧師 / 09:22 / - / -
2017.05.07 聖日の一日
5月、爽やかな気候の聖日でした。神様が創られた素晴らしい日を感謝します!

5月のように爽やかな若者たちも主に讃美と礼拝を捧げました(^^)


高校2年生。教会学校中高生科で初メッセージ(*^^*)

「自己中心から神様中心へ」と題して、マタイ6:33から熱く語りました。

「神を第一とし、神が望まれるとおりの生活をしなさい。そうすれば、必要なものは、神が与えてくださいます。」 マタイの福音書6:33(リビングバイブル訳)


そして、1部礼拝では青年会メンバーによる特別讃美

爽やかな聖霊様の風が吹いていました。


また、1部礼拝で今年度の勧士・執事の方々の任職式がもたれました(^o^)





教会学校 / 20:40 / - / -