PROFILE
CALENDAR

    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
LINKS
ENTRIES
COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
OTHERS




SPONSORED

日本キリスト教団高砂教会ブログ Weekly Church News

高砂教会広報部がお届けするHOTな情報☆日々のアレコレ!
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ エリーこと竹鶴リタが残してくれたこと ☆ ** ホザナ通信2015年2月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ エリーこと竹鶴リタが残してくれたこと ☆ ** ホザナ通信2015年2月号より 

 みなさん、こんにちは。寒い日が続きますが、陽の光は確実に春の輝きになっています。


 NHK朝の連続ドラマ「マッサン」が大変な人気です。
 その影響でしょうか、国産ウイスキーが品薄になっているそうです。
私も毎朝欠かさず見ています。
マッサンとエリーの夫婦愛に深く感動します。
みなさんは、このドラマのモデルがニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝・リタ夫妻であることは既にご存知だと思います。
リタはイギリス聖公会のクリスチャンでした。
ご主人の政孝も亡くなる前に「自分もリタと同じ所に行きたい」と洗礼を受けたようです。
そんなこともあって、キリスト教界でも竹鶴リタに関する記事や本が出版されています。
早速私も読みました。
ホザナ通信ではドラマでは描かれていないリタの信仰の姿をご紹介したいと思います。
 リタの本名はジェシー・ロベールタ・カウン。
1896年にスコットランド、グラスゴーの小さな町で生まれました。
4人弟妹の長女で、お父さんは医者でした。
1914年に勃発した第1次世界大戦で婚約者を戦争で失いました。
数年後父親が心臓発作で急逝してしまうのです。
一家の大黒柱を失ったカウン家は屋敷を手放さざるを得ませんでした。
婚約者も父親も屋敷も失ったリタは、悲しみに暮れる日々を過ごしました。
そんな時に出会ったのが政孝でした。
政孝はグラスゴー大学でリタの妹と出会い、弟ラムゼイに柔道を教えるためにカウン家を訪ねるようになっていたのです。
 二人は恋に落ちました。
政孝は「結婚しよう。君が望むなら、故郷を捨てこの地に留まる覚悟でいる」とプロポーズ。
リタは「いいえ、あなたには大望があるはず。私たちは日本に行くべきです。絶対に」と答えました。
当時の日本は政府の許可を得ないと国際結婚ができない時代でした。
二人は周囲の反対を乗り越え結婚し日本に戻ってきたのです。
 リタは帝塚山学院で教師などをしながら、苦しい時期の政孝を陰日向となって支え続けたのす。
リタが大阪に住んでいる時、大阪聖アンデレ教会に通っていました。
その教会には養女リマ(ドラマではエマ)が幼児洗礼を受けた記録が残されています。
リタが日本に来るとき母親が持たせてくれた聖書と十字架がありました。
リタは苦しい時、悲しい時、いつも自室に入ってこの聖書を読み、十字架を握って祈っていたようです。
 北海道の余市に移り住んでから、リタは小樽聖公会という教会に通っていました。
その頃のリタの信仰がうかがえる記録が残っています。
それは教会への献金記録です。
この時ニッカウヰスキーはまだウイスキーを造ることができず、りんごジュースを造りながら苦戦をしていた時代です。
決して余裕のある生活ではなかったはずですが、会堂改築のために多くの献金を捧げたのです。
 北海道の竹鶴家でお手伝いさんとして3年間働いた水田一子さんという方がおられます。
リタは料理が大変上手で梅干しなども付けていたようです。
今でもリタが漬けた梅干しが残っています。
政孝もリタの料理には大変満足していたようです。
水田さんは18歳からお手伝いさんとし働き、リタから沢山の料理を教えてもらったようです。
 そんな水田さんとリタとの印象深いエピソードがあります。
ある年のお正月。水田さんはリタに「これは竹鶴家の大切なものだから、絶対に割らないでくださいね」と、瀬戸物のお重を渡されました。
しかしあろうことかその瞬間ガシャーン!水田さんはお重をうっかり割ってしまったのです。
水田さんは、何てことをしてしまったのか…と顔を上げることができませんでした。
するとリタは声を荒げることなく優しくこう言いました。
「形あるものはいつか壊れます。心配しないでいいですよ」と。
このリタの赦しの言葉に水田さんは深く感動しました。
その後、水田さんは、人生の様々な状況で赦せないと思う時に、このリタの言葉を思い出し、赦すことを心掛けてきたそうです。
 西洋人に対して偏見の強かった時代にやって来たリタ。
苦労の多い人生でした。
しかし彼女が歩んできた道には今や多くの花が咲き、人々を励ましています。

                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

 

ホザナ通信2015年2月号より
子育てや人生に関する記事が連載されている
月刊ホザナ通信(無料)は郵送も承っております。
興味のある方は高砂教会へご連絡ください。
ホームページ:http://takasago-church.com/

 

元気のでるみことばメールを月〜土の朝に無料配信中です。
御言葉メールの登録はこちら↓
http://www.mag2.com/m/0001648464.html

JUGEMテーマ:日記・一般

JUGEMテーマ:教会キリスト教

 


新谷主任牧師 / 07:44 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 「しあわせ」は危険なひびき ☆ ** ホザナ通信2015年1月号より

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 「しあわせ」は危険なひびき ☆ ** ホザナ通信2015年1月号より
 

  2015年になって早1ヶ月が経ちます。
1月は「行く」、2月は「逃げる」、3月は「去る」と言いますが、本当に月日が経つのは早いですね。


 先日私は「こころのふしぎ なぜ?どうして?」(正・続)を読みました。
この本は、小学低学年向けに、子供たちの率直な疑問にイラスト付きで分かりやすく答える内容になっています。
私としては納得のできない回答もあるのですが、全体としては良い内容です。
昨年このシリーズが出版されると、子供以上に大人に大きな反響があったようです。
分かっていてもどう説明したらいいのか分からないことを、この本が説明してくれているからでしょう。
 今月この本から分かち合いたいことは、続編の「しあわせのふしぎ」という章です。
そこには先ずこう記されています。

 しあわせは、自分の心が決めるものです。
そのため、自分が「しあわせ」と感じれば、しあわせになれます。
そう、しあわせになるほうほうは、一人ひとりちがうのです。
また、しあわせは一人に一つではありません。
一人の心の中には、たくさんのしあわせがつまっています。
 自分がしあわせになるほうほうを知るためには、まず、心の中をのぞいて、自分の「しあわせの形」をたくさん見つけるところから始めてみると、よいかもしれません。

 ここで記されていることは、「しあわせは客観的なものではなく主観的なものだ」ということです。
しあわせの条件は心にあるのであって、置かれている状況や環境ではないのです。
経済的物質的に豊かであってもしあわせを感じられない人がいます。
逆に経済的物質的に貧しくてもしあわせを感じて生きている人もいます。
心の持ち方・感じ方、物事の考え方・受け止め方がしあわせを感じる否かを決めていくのです。
マスコミは「不況から抜け出せない、豊かさを感じられない、格差が益々拡大している」だのとテレビを通してお茶の間にそんな情報を垂れ流しています。
私は「マスコミは国民の心を操作しようとしている」と感じずにはおれません。
マスコミから流れてくるそんな情報によって、私たちの心に不幸せ感が募り、不平等感が増幅せられ、将来に対する不安感が膨らみます。
結果、沢山の人たちが、世界一幸せな日本で不幸な心で生活し、世界一平等な日本で不平等感で苛立ちながら生きてしまっているのです。
マスコミは国民の心をゴミ箱のように扱っているのではないでしょうか!
マスコミのことを「マスゴミだ!」と言われても仕方がないと思います。
 もう一つこの本に「『しあわせ』は、きけんなひびき…」というページがあって、

「しあわせとは、考えすぎると『そのしあわせいがいはしあわせじゃない』と思い込んでしまう、少しこわいことでもあるのです。」と書いています。
成る程です。
 確かに、しあわせを考えすぎると、「それ以外はしあわせじゃない」という思い込みというか錯覚が生じます。
それ以外にもしあわせを感じられる生き方や道が幾つもあるのに、視野が狭くなって「これしかない!」と錯覚に陥ってしまうのです。
そして「その一つだけのしあわせ」を掴めなかったから、挫折感、敗北感にさいなまれ、ひどい場合は、逆恨みに至ることもあるでしょう。
テレビなんかでよく聞く「夢を諦めないで!諦めなかったら夢が叶う!」というマジックワードが、もしかしたら、「これしかしあわせはない」という錯覚を引き起こさせてしまうのではないかと思うことがあります。
 他にも「しあわせの危険性」はあるでしょう。
例えば「親のしあわせを子どもに押しつける」「しあわせを目的にしてしまう」「しあわせの土台を人に置いてしまう」などなど…。
誰しも「しあわせ」を求めて生きています。
「しあわせ」のために勉強に励み、一生懸命仕事をします。
それは素晴らしいことです。
でもその「しあわせ」がいつの間にか微妙にズレてしまって「不幸」を呼び込んでしまうことが多発します。

聖書はこういうズレのことを「罪」と表現しています。
このズレの本質は「自己中心」です。

「自己中心」を「神中心」に入れ替えるときに、「しあわせのズレ」が修正され、「しあわせの危険性」を回避することができるようになるのです。

「自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。」マルコ8章35−37節


日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2015年1月号より

 

子育てや人生に関する記事が連載されている
月刊ホザナ通信(無料)は郵送も承っております。

 

興味のある方は高砂教会へご連絡ください。

ホームページ:http://takasago-church.com/


元気のでるみことばメールを月〜土の朝に無料配信中です。

御言葉メールの登録はこちら

http://www.mag2.com/m/0001648464.html

 

JUGEMテーマ:教会キリスト教

JUGEMテーマ:日記・一般

 


新谷主任牧師 / 17:49 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第17回

第17回

 

高砂教会に赴任し、激動の10年間が過ぎましたが、聖霊の働きは止まることなく、高砂教会を導き続けられました。

 

会堂建設の挫折、教会分裂と決定的な打撃を受けたにもかかわらず、救われる人々は着実に増やされ、国内外の牧師や宣教師の励ましを受けて、教会は順調な回復を遂げ、前進して行きました。

 

 

分裂の2年後には再び会堂建設用地取得を目指して取り組み始めました。

 

正直、私の内心は「神様!まだあまりにも早すぎるのではありませんか!教会を立て直すのに時間が必要です。もう少しゆっくりさせてください!」と呟いていました。
私の人間的なつぶやきは、きっと当時の信徒の方々にもあったのではないかと思います。

 

しかし聖霊の導きは流れをとめることなく、会堂建設委員会が組織され、着々と進められて行ったのでした。


ついに1985年、現在の荒井町紙町に250坪(1億円)の素晴らしい土地を購入する運びとなりました。

 

 

当時の教会員は80名位でしたから、相当の信仰の覚悟が必要でした。
先ず私たちの献金目標は3千万円と定められました。

 

この捧げものには、信徒たちの驚くべき応答があり、現実に働かれる神様の奇跡を体験する者たちもおこされました。

 

しかし、 目標まであと300万円が満たされずに祈っていた時「必ず満たされる」との神様の約束を受け取りました。

 


その年が明けて間もなくのころ、父(三島実郎牧師)に異変が起こりました。
肝臓の末期ガンの宣告を受けたのです。

三島実郎牧師

 

しかし、父は即座に入院を拒否し、必ず神様が病を癒してくださると信じ、何一つこれまでの生活を変えずに、牧師としての働きを続けたのでした。

 

しかし、だんだんと腹水が溜まり、相撲取りのような身体となっていきましたが、日曜日のメッセージを休むことなく講壇に立ち続けました。

 

その痛みと身体のだるさは、想像を絶するものだったと思いますが、肉体の衰えと反比例して父の霊性は研ぎ澄まされ、神様との深い交わりの中に導かれ、時には何度か天国の情景を垣間見る不思議な体験をするようになりました。

 

 

7月4日(木)のことでした。私が父の看病で泊まり込むため、高砂を出て神戸の鷹取教会へ向かいました。

 

到着すると、いきなり父が「お前と2人だけの葬儀をしよう」と言いだしました。「美智子、ナルドの香油を持って来たか?」と、思いもよらぬことを言いだしました。

 

不思議な問いかけでしたが、私も同じく不思議に出かける直前、普段は使わないオーデコロンをなぜかバッグに入れていたのです。

私はとっさに父の真意を悟りました。


イエス様が十字架にかかられる前に、1人の女が高価なナルドの香油を注ぎかけ、葬りの準備をしたように、父も天国に帰る準備をしているのだと。

 

そして私が父にオーデコロンを振り掛けると、父は私のことをどんなに愛しているかをまるで恋人に告白するかのように語ってくれました。

 

それは、父の祈りが実を結び、娘である私が手束牧師の妻として夫を助け、高砂教会に仕えている姿が、何よりの喜びだったからだと思います。

 

父は苦しい息の中、「一に謙遜、二に謙遜、三に謙遜、を肝に銘じて主に仕えて行くように!」との遺言を語り、私のために祈ってくれた後、爽やかな声で「あぁ〜!良い葬儀やったなぁ〜」と、満面の笑みを浮かべてくれました。

 


父の臨終は、あまりにも感動的で、今回は触れることができませんが、「人は生きてきたように死んで行く」と言われている通りの最期を迎えました。
その光景は、多くの参列者の瞼に今も鮮やかに焼き付いていることと思います。

 


土地取得に足りなかった300万円は、父の残してくれたものでぴったりと満たされたのでした。
父は、新会堂をこの世で見ることは出来ませんでしたが、天においてどんなに喜んでくれたかと思います。

 


こうして高砂教会は、町はずれの忘れられたような所から、現在のメイン通りに移転し、威風堂々とした教会堂が建てあげられたのでした。


田中角栄元総理が「日本列島大改造」を打ち出し、ブルドーザーとあだ名されましたが、手束牧師も聖霊様の導きに従順に従い、ブルドーザーのように走り続けてきたと思います。

 

私はハラハラドキドキしながら必死に祈り、聖霊様の励ましと導きなくしては到底ついて行けなかったと思います。

 

神様は愛のゆえに、厳しい訓練の時期を通して自我を砕き、御心にかなう者となるようにと導き続けてくださいました。
そしてこれからも。

 


ここまでのスリル満点の歩みは、肉体的には疲労困ぱいの時代でしたが、内面は説明のつかない聖霊様から来る喜びを沢山味わわせていただきました。

 

 

 

JUGEMテーマ:教会キリスト教

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


美智子の牧師夫人物語 / 15:44 / - / -
2017.05.21 聖日の一日

本日は特別な礼拝で、「むかし僧侶いま牧師」の松岡広和先生がメッセージをしてくださいました。



松岡先生はお寺の次男に生まれ、仏教を学ぶ大学へ進学されました。
学生のときにすでにお坊さんの仕事もなさっていたそうです。さらに修士課程へ進まれ、卒業し、そして韓国へ留学までされたのです。

「私はなぜ生きているのだろうか。」

松岡先生は高校生ぐらいからこの問いを持ち続け、その答えを求めて仏教を学び続けられました。

しかし、その答えは見つからない…。逆に余計に迷ってくる…。

そんな中、仏教を学びに行った留学先の韓国で天地万物を創造された創造主を見いだし、イエス・キリストが救い主であることを知り、信じるに至ったのです。

詳しくは、のぞみ教会のホームページをご覧ください(^^)
http://nozomichurch.net/


「救いを受け取るとは、宗教を変えることではない。」

お坊さんだったときにお坊さんのまま、神様の恵みによりイエス・キリストによって救われた松岡先生の言葉に深くうなずきました。


そして、高砂教会では1週間遅れて今日が「母の日礼拝」でもありました(*^^*)

お母さんたちに心からの感謝を込めて、カーネーションのプレゼント^o^



元老牧師から元老牧師夫人へ
主任牧師から主任牧師夫人へ(*'▽'*)

1部礼拝後のお昼も今日はスペシャル。

本日は特別に美味しいカステラ付き(*^^*)

今日も神様の大きな恵みに感謝でした!








 


- / 21:04 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ コア・ミッションから離れない! ☆ ** ホザナ通信2014年12月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ コア・ミッションから離れない! ☆ ** ホザナ通信2014年12月号より

 メリークリスマス!
今年もクリスマスがやって来ました。
みなさんはどのようなクリスマスを迎えていますか?
家族や友人知人への優しい心を実践するクリスマスでありますように。
 
さて、今月は「千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン」(野村進著)を読みました。

ご存知ですか?日本には創業100年以上ある企業が15,000社以上あることを!
個人商店などを含めると10万以上あるというのです。

日本最古であり、世界最古の企業は大阪の「金剛組」。
なんと西暦578年(飛鳥時代)から続いているというのです。

日本は世界に類を見ない老舗大国なのです。
そしてその老舗が培ってきた技術が世界産業を支えているというのです。
 
例えば「田中貴金属工業」(田中貴金属)。
創業は明治18(1885)年、今年で129年目。
この企業は、ときどき新聞に金の延べ棒(正式には金地金(きんじがね)という)の広告を出している会社です。
しかしこの企業は、携帯電話のバイブレーションを起こす4ミリくらいモーターに使われている極小ブラシを造っているそうです。
このブラシがなければ携帯電話は動かないというほどの重要アイテム。
しかも殆どの携帯電話には田中貴金属製のブラシが使用されているとのこと。

また世界中の携帯電話の折り曲げ部分で使われている銅箔の4割を製造し、日本国内のライバル一社と合わせて世界シェア9割を占めるのが「福田金属箔粉工業」(福田金属)。
創業は元禄13(1700)年。
優に300年を経ています。
300年以上も倒れなかった老舗企業の背骨に貫かれているものは何なのでしょうか?
11代目の福田誠治さんはこう言っています。

「身の程をわきまえる、というのが、ずうっと貫かれているのとちがうかな。そんな感じが個人的にするんですよ。
バブルのときなんか、それはもう土地を買えとかなんやかんや言われたんですけど、身の程をわきまえたら、自分たちのやる仕事は、そいうものじゃない、と。
『コア・ミッション』(筆者註:コア・ミッションとは「使命の核心部分」)から離れてはいけない、というのは分かっていました。

金属の箔とか粉末を、いかに加工して、いかに人のためになるか。そいうコア・ミッションから離れないことが、自分の身の程をわきまえるということやなと思いますね。
その範囲の中で、いろいろな仕事をしてきたというのは、これからもずうっとかわらないだろうな、と」

京都の老舗に共通する特徴の一つに「身の程を知って分相応に暮らすこと」があるそうです。
福田金属は正にその王道を歩んでいると言えます。

福田氏の言葉「身の程をわきまえる」は、今の日本人に必要な言葉です。
今の日本を覆う文化、特にメディアは「身の程を誤解させる」文化ではないでしょうか。
インターネットの普及によって、幼い子供や多感な青年が、知らなくても良い情報を見聞し、妙に大人になってしまっています。
逆に自分の好きな世界に執着し過ぎる幼稚化する大人もいます。
更にインターネットの匿名性を隠れ蓑にして、まるで自分が神であるかの如く人を断罪する人々が増えています。
また福田氏が「身の程をわきまえる」ことを「コア・ミッションから離れない」と定義づけたことも意味深長です。
全ての人間には、成長段階的に、社会的に、立場的に、能力的に「身の程(コア・ミッション)」というものがあります。
そこから逸脱してしまうときに、自分の人生だけではなく、周囲の人々、更には社会をも混乱させてしまいます。

 
イエス・キリストは自分のコア・ミッションから決して離れず、それを成し遂げたお方でした。
キリストの周囲には、自分達の都合の良いようにキリストを持ち上げようとする動きがありました。
しかしキリストはそういう人々の期待や誘いを一切断ち切り、御自分のコア・ミッションに徹したのです。
その結果が十字架刑でした。
十字架の死こそがキリストのコア・ミッションだったのです。
キリストの十字架の死が、私たちの罪の身代わりの死となり、信じるだけで赦され救われるという救いの道が完成したのです。

クリスマスはこのイエス・キリストがこの世に来られたことを御祝いする日です。

わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。ヨハネによる福音書10章11節



日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年12月号より


子育てや人生に関する記事が連載されている
月刊ホザナ通信(無料)は郵送も承っております。
興味のある方は高砂教会へご連絡ください。
ホームページ:http://takasago-church.com/

元気のでるみことばメールを月〜土の朝に無料配信中です。
御言葉メールの登録はこちら↓
http://www.mag2.com/m/0001648464.html

JUGEMテーマ:教会キリスト教

JUGEMテーマ:日記・一般


新谷主任牧師 / 09:22 / - / -
2017.05.07 聖日の一日
5月、爽やかな気候の聖日でした。神様が創られた素晴らしい日を感謝します!

5月のように爽やかな若者たちも主に讃美と礼拝を捧げました(^^)


高校2年生。教会学校中高生科で初メッセージ(*^^*)

「自己中心から神様中心へ」と題して、マタイ6:33から熱く語りました。

「神を第一とし、神が望まれるとおりの生活をしなさい。そうすれば、必要なものは、神が与えてくださいます。」 マタイの福音書6:33(リビングバイブル訳)


そして、1部礼拝では青年会メンバーによる特別讃美

爽やかな聖霊様の風が吹いていました。


また、1部礼拝で今年度の勧士・執事の方々の任職式がもたれました(^o^)





教会学校 / 20:40 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 人を不幸にする7つの致命的な習慣 ☆ ** ホザナ通信2014年11月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 人を不幸にする7つの致命的な習慣 ☆ ** ホザナ通信2014年11月号より 

  今年もいよいよあと1ヶ月となりましたね。この一年もホザナ通信をお読み下さりありがとうございました。
 先月も紹介した本「人生を楽しく幸福に生きる法」(青木仁志著、柿谷正期監修)から“良好な人間関係を築く知恵”について分かち合いたいと思います。
『不幸な人の致命的な7つの習慣』というドキッとすることが紹介されています。以下引用します。

 配偶者や恋人、親子、職場の人々は、人生の中心近くに存在するとても大切な人たちです。
毎日をともに過ごすのですから、できる限り仲良くしたい人たちでもあります。

本来、お互いが求めているのは良好な人間関係のはずです。
ところが現実はどうでしょう。


 グラッサー博士は長年のカウンセリングの経験から、
「すべての不幸な人が抱えている問題の核心部分は、貧困や不治の病、政治的横暴などを除けば、お互いが望んでいるのに、互いに上手く関わっていけないことである」
と断言しています。
また博士は「人間にとって唯一の問題は、不幸であることだ」としています。
そして人が不幸なときには、異様なまでに破壊的な創造性を発揮し、その結果、非行、犯罪、薬物依存、暴力、精神病と呼ばれるような行動を取るようになると指摘しています。
 本当は仲良くしたいと思う相手とうまくやれない。
一見、他愛のない問題のようですが、これこそがこの世の不幸の根源でなのです。
もちろん、私たちはそのことで葛藤し、何とか改善しようと努力もしています。
しかし、その効果はたかが知れていて、ギクシャクした関係が続くだけか、かえってかっかさせる場合の方が多いようです。
なぜでしょうか。その最大の要因は、関係改善に「人を不幸にする7つの致命的な習慣」を使うからです。

 では、その「人を不幸にする7つの致命的な習慣」とは如何なるものなのでしょうか。

“稟修垢;自己批判も含めて建設な批判はありません。
            批判されて感謝する人は誰もいません。
            批判はすべて破壊的で嫌われるものでしかない。
∪佞瓩:叱ることと責めることは大違いです。
          過ちは責めるのではなく正すべきことです。
          また強制からは何も生まれません。
          強制が長く続くと人間関係が修復不能になります。
J原腓鮓世:大切なのは叱ること。
              自分の感情、つまり相手への反感が優先されているから文句になる。
              文句を言えば親密さを失い敵対関係が生まれます。
ぅミガミ言う:二度以上繰り返す注意はくどいだけで逆効果です。
                躾とは短くキチンと注意し、言動に責任を持たせることです。
ザ爾:相手は敏感に反応するけれども、本質的改善になりません。
        力でねじ伏せようとすると愛と自由を失います。
        支配されることを望む人は誰もいないのです。
θ海鰺燭┐:健全な生活に必要な責任を学ばせるのに、あらゆる罰には効果がありません。
              やがて相手に対する影響力も失います。
Г曚Δ咾把爐:人は誰でもほうびは好きですが、ほうびで釣る人を好きになることはできません。
                家庭や職場から帰属意識が稀薄になり、求心力もなくなります。

 確かにこの7つは私たちの日常で「習慣」となっているもので、相手を変えるため、もしくは、相手のために良かれと思って、当たり前のように行っていることです。
 しかも良かれと思っているからこそ始末に悪い。
 あくまでお互い相手を悪者に仕立てあげ、不幸な人間関係の循環から抜け出せなくなるのです。
 最終的には本質よりも勝ち負けにこだわってしまう。
 この問題に対して聖書はどう答えているでしょうか?
 言葉があります。

いつも、塩で味つけられた、やさしい言葉を使いなさい。そうすれば、ひとりびとりに対してどう答えるべきか、わかるであろう。コロサイ4章6節

 条件反射的に言葉を発するのではなく、「塩で味付け」する時間をもつことです。
ひと呼吸、ふた呼吸して、どうすれば自分も相手も気持ちよく過ごせるか、どうすれば自分の気持ちを正しく伝えられるかを考えつつ、頭の中で遠回りさせることです。
すこし練習が要りますが、練習する価値はありますよ

                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年11月号より


子育てや人生に関する記事が連載されている
月刊ホザナ通信(無料)は郵送も承っております。
興味のある方は高砂教会へご連絡ください。


ホームページ:http://takasago-church.com/

 

元気のでるみことばメールを月〜土の朝に無料配信中です。
御言葉メールの登録はこちら↓
http://www.mag2.com/m/0001648464.html

 

JUGEMテーマ:日記・一般

JUGEMテーマ:教会キリスト教

 


新谷主任牧師 / 20:35 / - / -
復活祭 喜びと感謝の一日

2017.04.16 復活祭(イースター)特別礼拝の一日
早天礼拝から1部礼拝、2部礼拝とイエス様の復活を喜び、イエス様を死から復活させた神への感謝を捧げる感動の礼拝でした!

イースター早天礼拝


イースター特別礼拝2部(午後)

1部(午前)礼拝の写真を撮り忘れていました(T_T)1部礼拝はたくさんの方々が来られていました!


そして夕方からは、ご馳走や余興が盛り沢山のイースター晩餐会に突入!







霊も心もお腹も満たされた1日でした(*^▽^*)

イエス様の復活を感謝しますー!


- / 14:16 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第16回

第16回


悲しい大きな教会分裂という痛手を負った高砂教会でしたが、それでも教会の歩みは止まることなく進められて行きました。


あの失った教会堂建設の用地には、兵庫県の肝いりで分譲住宅が建てられました。

祈りの中で神様からの強い啓示を受けた夫は、個人で購入する決断をしたのでした。

神さまは私たちの祈りを見捨てることなく、牧師館として購入する道を開いて下さいました。

経済的にはローンの借り入れ資格に達しない私たちに、いくつもの奇跡の手が述べられて、購入が可能となりました。

その住宅は、深い緑に覆われたユーカリの並木道が続く公園を抜けた場所にあり、当時としてはとてもオシャレな住宅街でした。


分裂の傷を抱えた重い心を引きずりながら、どうやって引っ越しの荷物をまとめたのか記憶がありません。
引っ越し当日は雨模様の中、手伝いに来てくれたのは、高校生を含む数名の若者とわずかな婦人たちでした。

これまでの酷い雨漏りのする牧師館から、真っさらな素敵な住宅に移れる喜びより、これで良かったのだろうかと言い知れない不安に胸が締め付けられたのでした。


それから間もなくしてある方がやって来られ、「高砂教会は、もうすぐ先生たち夫妻を残して殆ど誰もいなくなるだろう」と言われました。


その言葉が頭の中で、鐘を鳴らすように響きわたり、眠れない夜を過ごしたのでした。


やはりその後、すでに教会を去られた方々からの揺さぶりが水面下であったようで、特に若い方々が次々と躓いて去って行かれました。


こうして、私達が着任した時におられた方は、二組の夫婦と三人の婦人たちしか残っていませんでした。


しかし神様は、一方的な励ましのシャワーを意気消沈した教会に注ぎ続けてくれました。
前回書きましたように引き続き、ユースウィズ・ア・ミッションチーム(以下YWAMと表記)を次々と送ってくださいました。


また、教会に滞在して伝道の働きを助けてくれる宣教師も送られてきました。

アメリカのYWAMの若いミア、フレーリー宣教師が一年間滞在され、英会話教室を開いて伝道の窓口となってくれました。


また、ミア、フレーリ師と交替に、フィンランドのYWAMから若い独身女性のハンネレ師が5ヶ月間滞在され、その後同じくフィンランドよりリトワネン夫妻が宣教師として数年間滞在され、共に働いてくださいました。

写真中央の女性がハンネレ師


国内では、シニアバイブルクラスを導いていた浅原神学生と同じ聖書学校を卒業した津留田伝道師が着任されました。


また、その他にも国内や海外から、多くの牧師や宣教師が訪れてくださり、神様がこの数年間の教会回復プログラムを企画されたとしか思えない助けと訓練をなし続けて下さいました。


消化しきれないほどの神の愛が、高砂教会と信徒たちに降り注がれた時代でした。


分裂直後、オーストラリアへ新婚旅行に行かれた松本美和姉が、YWAMのダグラスクール牧師と再会し、現地のカトリック教会でのカリスマ集会に参加した折、カトリックのブラザーによって語られた預言の言葉が着々と現実になって現れて来るのを目の当たりに見ているようでした。


「万軍の主は言われる。高砂教会はひとつのコップのようです。このコップは今は神の祝福がすっかり去って無くなってしまったかのような状態です。しかし、そのコップが空っぽになる、まさにその時から、神は御霊と愛と祝福をこの中に一杯になる迄満たされます。やがてコップは溢れ出し、御霊と愛とを地域の多くの人々に分かち与えて行くでしょう」


こうして教会は強められ、救われる人々が増し加わり、いつの間にか10年という歳月が経っていたのでした。


そして神様は私たちに思わぬプレゼントをくださったのでした。
それは、共に霊的な戦いを歩んでくれた愛する教会員たちから、牧会10周年を祝っての記念イスラエル旅行でした。
学生、青年、主婦たちが主な信徒たちでしたが、多額の費用を惜しみなく喜んで捧げてくれました。
夢のようなイスラエル旅行でした。聖地に立った時の感動は、これまでの苦労が全て恵みに変えられて行く時となりました。

皮なめしシモンの家にて


「恵まれた女よおめでとう!主があなたと共におられます」と、受胎告知の知らせを受けたマリヤに御使いが語られた言葉が私にも語りかけられました。


畏れ多い言葉ですが、この言葉をしっかりと胸に納め、マリヤのように従順に主に従う者とならせて頂きたいと、悔い改めと共に新たな献身の誓いを秘かにしたのでした。

JUGEMテーマ:教会キリスト教

JUGEMテーマ:日記・一般


美智子の牧師夫人物語 / 12:48 / - / -
聖日の一日 2017.04.02
4月になりました(^^)
新しい年度がスタート!新生活が始まる人が多いこの時期です…

教会学校では進級式が行われました。
礼拝は中高生が導きました(*^^*)
讃美も

メッセージも

証しも

礼拝の後はいろいろ表彰式!


最後は教会学校校長である新谷主任牧師先生からの激励メッセージ(o^^o)



そして、一部礼拝の報告の時間には、新社会人になる人、進学する人たちの旅立ちを祝福し、祈る時を持ちました。

彼らが新しい場所でいつも神様と共に歩みますように!


夜の讃美夕拝は、今年2月から行われているセミナー「幸せなクリスチャンファミリー」がありました。

講師はおなじみのアンドリュー カウンセリング牧師です。

第2回目の今夜は、「愛とリスペクト」について深く学びました。



次回は2017年6月18日19:00〜です。
今回も祝大があります!

この事を祈り続けましょう!








- / 22:21 / - / -