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日本キリスト教団高砂教会ブログ Weekly Church News

高砂教会広報部がお届けするHOTな情報☆日々のアレコレ!
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第12回

第12回

 

高砂教会は、1975年で既に創立75年という歴史を有していました。


その多くの時間は家の教会として、明石の教会より牧師が来られて信徒の面倒を見るという形での教会形成だったようです。


その後、昭和27年に米軍の宿舎の払い下げを受け、かまぼこ型の簡易教会堂が建てられ、ようやく高砂の人々の目に認識される教会として歩みを進めて行きました。


その歴史の流れを大きく変えることになった、1975年の教会修養会での聖霊降臨の出来事は、教会を揺さぶり、人々の信仰の在り方を揺さぶり、人間関係を揺さぶるものでありました。


修養会の会場で聖霊体験をした人々の中にも疑念が生じて行きました。
これまでの信仰理解を脇に置いて、新しい流れの中に身を委ねて行くことがどんなに難しいことであったでしょう。


私達夫婦にとっても、全く初めての聖霊降臨の出来事でしたから、このような状況をどのように導いて行けば良いのかさっぱりわからず、只々必死に祈りつつ、聖霊の導きに従う他ありませんでした。

 

不思議なことに手束牧師は、図らずも神学部でパウル・ティリッヒの組織神学を専攻し、聖霊について深く学び、研究していたのでした。


また明治18年、高砂地方への伝道を開始された明石教会の川本政之助牧師は、毎日朝早く明石城の天守閣に登って祈りを続ける中、圧倒的な聖霊体験をされ、熱い思いに押し出されて、激しい迫害の地高砂への伝道を開始されたのでした。

 

神様は、高砂教会の歴史の中にすでに大きなご計画を置いておられたのだと、驚嘆せずにはいられません。

 

 

しかし、これには大きな戦いを乗り越えなければならない試練がセットされていました。


いつの世も新しいものが流れ込んでくる時、新旧摩擦が起こります。


イエス様ご自身の歩みそのものが聖書に記されているように、古い律法(仕来たり)に染まってしまったユダヤ人達への信仰の在り方に対しての挑戦であられました。


その結果、ユダヤ人たちの激しい怒りと妬みを買い、十字架へと追いやられていったのでした。

 

 

私達にも激しい抵抗や攻撃が始まりました。


そんな中、長男の信吾が瀕死の大火傷を負うという災いが降りかかって来たのでした。

小さな身体に、煮えたぎった土鍋が…。1ヶ月後に迎える5歳の誕生日も、壮絶な苦しみの中ですっかり忘れてしまっていました。


慌てふためき救急車を呼ぼうとすると、幼い信吾が叫びました。

「お父さん!救急車呼ばないで!お父さんがお祈りしてくれたら治るから!」と言うのでした。

 

 

聖霊体験をしてからというもの、私達の信仰も大きく変えられ、神様は今も生きて働いておられ、祈りは神様がみ手を動かしてくださる素晴らしい力であると、確信していましたが、目の前の状態は救急車を呼ぶことが正しい判断だと、大人の対応をしました。


この信吾の叫びは、私への挑戦でもありました。


「幼な子のようにならなければ、天の国に入ることは決してできない」とのイエス様の言葉が、この後の信吾の行動でさらに明らかにされて行くのでした。

右端の男の子が長男 信吾

 

 

 

 

 

 

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美智子の牧師夫人物語 / 10:22 / - / -
小学生クリスマス会
2016.12.03 高砂教会 教会学校 小学生科のクリスマス会がありました(*^▽^*)

いつも教会学校に来ているお友だちがダンスしながら讃美したり、手品をしたり!

イエス様のお誕生を心から喜び祝いました(*´∇`*)






お父さんとお母さんも踊る!

華麗なる手品
It's Show Time!











上海北京師匠も負けてられない!

教会学校の先生たちによる降誕劇も(≧∀≦)
マリアに天使からお告げが…

ベツレヘムへ…

かわいいお星さまたち

あ、アレ?羊飼いが手にしているのは…
アップルと…パイナップル…
ま、まさか!


バイブルメッセージ☆


今月はイエス様のご降誕を喜び祝うイベントが目白押しです!
12月10日(土)14:00〜ゴスペル×ダンス ライブ
12月17日(土)14:00〜中高生クリスマス会
12月17日(土)18:30〜クリスマス イン チャーチ マジックショー
12月24日(土)19:00〜キャンドルサービス
12月25日(日)10:15〜クリスマス特別礼拝

教会学校 / 00:08 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 祈りは脳を活性化する ☆ ** ホザナ通信2014年4月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 祈りは脳を活性化する ☆ ** ホザナ通信2014年4月号より

 空高く響くヒバリの歌声に心が弾みます。
ホザナ通信を読んで下さっている皆様、いかがお過ごしですか?
新年度もスタートし、生活も落ち着いてきている頃ですね。

 
脳科学の研究が進むと共に、脳科学者によって研究成果を基にした本がどんどん出版されています。
「脳と祈り」の関係についての文章(脳科学者:中野信子)を読みました。以下引用します。

脳の中で記憶を司る部位である海馬は、これまでにあったことを記憶するだけではなく、「未来にやるべきこと」「将来行う行動」についての「展望的記憶」(Prospective Memory)もコントロールしています。
たとえば、「来週の水曜日に午後2時から○○さんと会う」という予定を記憶しておくことが、展望的記憶です。
ちなみに、認知症患者では、この展望的記憶の能力が極端に低下しています。
 この展望的記憶をしっかり持っているか否かが、実はその人の生き方にも深い次元で影響を与えています。
それは、たんに「スケジュール管理がうまい」といったレベルの話ではありません。
私達が未来に対するヴィジョンをしっかり持ち、希望をもって人生を歩んで行けるのも、実は展望的記憶の能力があればこそなのです。
なぜなら、10年後、20年後の自分や家族、自分が所属する団体の姿をいきいきと思い描き、「かくありたい」という目標を設定することも、展望的記憶の一部だからです。
 展望的記憶の能力が低い場合、「こうなりたい」というヴィジョンに乏しく、目標達成への地道な努力も苦手で、何をするにも意欲がわきません。
そのように、展望的記憶の強弱が、生き方にも大きく影響を及ぼします。
また、最近の研究で、「人間が未来をいきいきと思い描くときに、海馬の活動が活発になる」ということが分かりました。 

 
 では、展望的記憶を強化し、希望溢れる未来に向かっていきいきと生きていけるようになるには、「祈り」が効果的だと中野氏は説いています。


なぜなら、祈りとは、本来、未来に向けて捧げるものだからです。
変えようがない過去に向けて祈っても仕方がありません。
は「未来を良い方向に変えようとする営み」ですから、私達が祈る時、未来に心を向けるようになります。
ですから、祈りを捧げることによって、人は自ずと脳の海馬を活性化させ、展望的記憶を強化することができるという訳です。

 
「祈り」を捧げる時に気を付けて頂きたいことは、否定的な言葉をそこに入れてはいけないということです。
「脳」には主語を明確にできないという妙な癖があるからです。
例えば「ここで相手が失敗し、私が勝てますように」「他の人はどうでもいい。私が幸せになれるように」等という一見ポジティブなようで悪い祈りがあります。
こういう祈りに対して脳は文章の主語を明確にできず、両方とも自分に向けられた言葉として理解してしまうというのです。
当然脳の活動を鈍らせることになります。
更にこういう内容の祈りは相殺現象が起こり、祈りの力を十分に発揮できずに終わってしまいます。
ですから祈りの言葉を「共に幸せになれるように。お互いが喜べる良い結果になるように。共に成長し合えるように」等に変えるべきでしょう。

 聖書の中にはこういう言葉があります。

信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。ヘブル11章1節

『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたし(キリスト)はあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。マタイ5章43-44節

 
 実に聖書に記されていることは、私達の脳を活性化し、これからの人生を生き生きと輝かせるものに他なりません。


日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年4月号より


子育てや人生に関する記事が連載されている
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新谷主任牧師 / 13:05 / - / -
永眠者記念特別礼拝と特別讃美夕拝
昨日の1部礼拝と2部礼拝は永眠者記念特別礼拝でした。

天に帰られた愛する神の家族を想い、
天の御国を想う礼拝でした。

新谷主任牧師先生が「キリストによって死の意味が変わる」と題して、
メッセージをしてくださいました。




また、夜の讃美夕拝は、韓国からイ・ミョンシン先生(韓国長老神学大学 音楽教授)率いる讃美グループが素晴らしい讃美を主に捧げてくださり、聴く私たちの心も主への讃美であふれました!



- / 10:59 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第11回

第11回

 

高砂教会着任以来、めまぐるしい動きが教会内に起こりました。

 

祝福の面では、家庭集会が増やされて伝道が活発になり、次々と洗礼者が与えられ、転入会される方も増やされていきました。

 

しかし一方、これ迄教会を守り、支えてこられた方々にとっては、後からやって来た若い牧師が熱心に働いてくれることはありがたいが、我々の大切にしてきた伝統や教会の雰囲気を無視するかのような、強引と思えるやり方はいただけない。

 

いくら「この地に骨を埋める覚悟」と言われても、あまりにも独善的ではないか、と白けていく方々や危機感を持つ方々の不快感が、深く静かに浸透して行ったようでした。(人としてやむを得ない当然の感情だと思います)

 

 

1975年、しばらく休んでいた教会の夏期修養会を開くことになりました。


私の父の教会の信者だった方が転入会され、その方の強い推薦で私の父を講師に迎えることになりました。
その方は、父が聖霊体験をしてからというもの、ダイナミックな信仰へと変化を遂げていることに驚き、是非とも来てもらいたいとのことでした。

 

私も主人も内心不安にかられていましたが、押し切られる格好となり、父 三島牧師を招くことになりました。

その年の7月、加古川の国民宿舎みとろ荘に於いて1泊2日の教会修養会が開かれました。

みとろ荘

 

 

父は60歳を過ぎた頃から聖書全巻をヘブル語(原語)とギリシャ語で深く読み進め、初代教会の聖霊のダイナミズムを失った現代の教会の在り方に疑問を抱き、聖霊体験を求めて、あちこちの集会に出向いておりました。

 

やがて念願の聖霊体験をしてからの父の変化は私たちを驚かせました。


半身不随の母の世話ばかりでなく、目の不自由な方々、高齢者の一人暮らしの方々など信徒の方々のお世話に駆け回る忙しい生活の中でも、朝早く起きて熱心に祈り、霊に燃えていました。

父 三島実郎牧師

 

 

父は招かれたことを大変喜びました。
これまでの私達の少し引いた態度を感じていたようでしたから、修養会の講師に招かれるとは思っていなかったのだと思います。

 

 

そして父は、アメリカの伝統的教派の中で起こっている聖霊の働きについて熱く語り、自分自身の体験へと結びつけて語りました。

参加者はあっけに取られながらも不思議な神様の臨在に引き込まれていったように思います。

 

2日目の講義が終わった後、主人は「皆さん、これまで三島牧師が熱く語ってくれました。ここで質疑応答の時間を設けます。質問のある方は手を挙げてください」と呼びかけました。


すると、父が遮り「ここに病んでいる人がいますか?聖書の中に

『あなたがたの中に、病んでいる者があるか。その人は、教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリブ油を注いで祈ってもらうがよい。信仰による祈りは、病んでいる人を救い、そして主はその人を立ち上がらせてくださる。』(ヤコブ書5章14〜15節)

とある。聖書に書かれてある通りに祈ってみようではないか!」と、促しました。

 


そこで、一人の方がおずおずと前に進み出ました。

教会の役員も前に導かれ、その人の頭にオリブ油を注いで手を置くように促されました。


そして、父は最後に「手束牧師、重ねた手の上に手を置き、病が癒されるように祈りなさい!」と言いました。


病が癒されるように、と手を置いて宣言する祈りはこれまで一度もしたことのない主人は、戸惑いながらも、促されるまま静かに祈り始めました。

 

 

すると突然、天井が凄い気圧に押されて落ちてくるような力を感じました。

 


何が起こったのか訳の分からない状況の中、すすり泣く者、声をあげて泣く者、放心状態の者など異様な光景となりました。


その場に居合わせた人々には認識できなかったのですが、主人は特別な体験をしたのです。
それは、天井の一角がバリバリと破れる音を聞き、部屋の真ん中に煙のような霧のような物が注がれ、やがてゆらゆらと陽炎のようなものが臨在しているのを見たのでした。

 


そして、この出来事から高砂教会にとっても、私達にとっても新しい展開が始まっていくのでした。
 

 

 

 

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美智子の牧師夫人物語 / 11:48 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ ロレンソ了斎 ☆ ** ホザナ通信2014年3月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ ロレンソ了斎 ☆ ** ホザナ通信2014年3月号より 

 めっきり春らしくなってまいりましたが、如何お過ごしですか?
 入学・進級の時期、緊張と期待が入り交じる成長の時ですね。
 わが家の3女もいよいよ小学1年生です。
 親にとっては4回目、3女にとっては初めての体験です。
 心から応援したいと思います。


 
 今年1月からNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」が始まりました。
 播州が地元ということで盛り上がっています。
 それだけではなく、黒田官兵衛はキリシタン大名として有名なので、キリスト教会にとって、「八重の桜」に引き続き嬉しい限りです。
 余談になりますが、4月から始まる朝の連続ドラマ「花子とアン」の主人公・村岡花子はクリスチャンで日本基督教団大森めぐみ教会のメンバーでした。
 これまた嬉しい限りです。
 クリスチャン人口の少ない日本ですが、日本史にはキリスト教の影響が確かに刻まれています。
 
 本題に入ります。
 戦国時代においてキリスト教が爆発的に拡がったことは周知の事実です。
 1549年フランシスコ・ザビエルが来日してから50年程で、当時の人口の3%がクリスチャンになったと言われています。
 その1人が黒田官兵衛です。
 
 私がこの時代のクリスチャンで最も興味がある人物は「ロレンソ了斎」という修道士です。
 了斎は目が不自由で琵琶法師を生業としておりました。
 ザビエルが山口県で布教活動をしている時に、了斎はサビエルの説教を聴き、キリスト教に触れ、感動し、サビエルから直々に洗礼を受けました。
 それからの了斎は目覚ましい活躍を致します。
 目の不自由な一介の琵琶法師にしか過ぎなかった了斎は、その抜群の記憶力により聖書の教えをどんどん理解し覚えていきました。
 更には琵琶法師業で培った佛教知識によって、キリスト教との比較宗教学を展開し、キリスト教の優れていることを説いていったのです。
 彼は来日した宣教師と行動を共にして、多くの大名に出会い、キリスト教を伝えていったのです。
 高山右近もその1人であり、高山右近に導かれた黒田官兵衛もロレンソ了斎から教えを受けました。
 
 ロレンソ了斎の活動で圧巻なのは、織田信長の前で、了斎と日蓮宗の指導者の一人・日乗が宗教論争をしたことです。
 了斎は見事に日乗を論破しました。
 悔しがる日乗は、信長の前だというのに、近くにあった刀を抜き、了斎を殺そうとまでしました。
 この一連の了斎の姿と発言によって、元よりキリスト教に好意的であった信長は、更にキリスト教を信頼するに至ったのでした。
 神様は、一介の目の不自由な琵琶法師をこのように歴史に名を残す人物へと変えられたのでした。
 
 聖書には、神による逆転が様々なことばで表現されています。
「小さい者が大きい者に勝つ」、「先の者が後になり、後の者もが先になる」、「弱い者が強くなり、強い者が弱くなる」、「貧しい者が富み、富む者が貧しくなる」、「無益な者が有益になる」。
 こういった逆転が、神を信じることによって起こってくるのです。

 

 「傷だらけのバイオリン」というショートストーリーがあります。
 乱暴に扱われ、傷だらけになったバイオリン。
 競売人は、時間をかけるのも惜しいとばかりに高く持ち上げ笑顔でいう。
「さあみなさん、これはどうかな…。誰から始めてもらおうか」…1ドル、1ドル…2ドル!…「ちぇ、たったの2ドル!2ドルだよ。誰か3ドルはいないか。3ドル、1回。3ドル、2回。他になければ3ドルで決まるよ」でも何の反応もない。
 その時、部屋の奥から、白髪の男が現われた。
 そして前に進み出て弓を取った。
 その古びたバイオリンの埃を払い、緩んだ弦を締め、澄んだ音色で、心に染みるメロディーを奏ではじめた。
 まるで天使が讃美歌を歌うように…。
 
 演奏が終わり、競売人が低い声で厳かに言う。
「この古いバイオリンをいくらから始めよう」そして、バイオリンと弓を持ち上げた。
「さあ、1000ドルだ。誰か2000ドルはいないか」
「2000ドル!」
「さあ、3000ドルはいないか」。
「3000ドル!」。
「3000ドル、1回。3000ドル、2回。他にないならこれで決まりだ」。
 人々はわぁ〜!とはやす。
 でも誰かがこう叫んだ。
「分からんなぁ。何で価値がそんなに上がったんだ」。
 すぐさま答えが返って来た「達人(マスター)の技だよ!」

 

 誰でも人生で傷つき、疲れ、倒れ、喪失し、時には取り返しの付かない罪を犯します。
 その度毎に人生の価値が減ってきているように感じます。
 しかし創り主である神の手に人生が握られるなら、人生は癒され、回復し、その価値が息を吹き返します。

                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

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新谷主任牧師 / 10:20 / - / -
聖日の一日 2016.10.30
昨日の聖日も神の家族が集まり、主に讃美・礼拝を捧げ、楽しく過ごしました(^ν^)


1部礼拝では7月に生まれた女の子の乳児祝福式がありました(о´∀`о)

家族が増える喜び(*^o^*)
新しい命を誕生させてくださった主に感謝します!








教会学校 中高生科では、秋のお茶会が催されました。
と言っても、型破りで自由すぎて、お抹茶を飲む会となっていました笑

初めてのお点前のお味は……(^_-)
とにかく楽しめました!

2部礼拝では、メッセージの中でメッセンジャーの新谷先生が「周りの人と挨拶しましょう!」とおっしゃり、歩き回って共に礼拝を捧げる兄弟姉妹と挨拶をする和やかな時間がありました(*^^*)



夜の讃美夕拝では、踊りをもって主を讃美しました!

自由なオトナたちの自由なダンス笑
何はともあれ、ハレルヤ!

- / 15:52 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 天国で会える喜び!☆ ** ホザナ通信2014年2月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 天国で会える喜び!☆ ** ホザナ通信2014年2月号より

 

寒明けらしく、このところ暖かい毎日が続いております。
いつもホザナ通信を愛して下さりありがとうございます。


 
今月私は「天国はほんとうにある―天国へ旅して帰ってきた小さな男の子の驚くべき物語」(トッド・バーポ著)を読みました。
いわゆる臨死体験記録です。
著者のトッド・バーポ氏は米国ネブラスカ州にある小さな町インペリアル市にある小さな教会の牧師です。
トッド牧師の息子コルトン君が3歳のとき、盲腸であるのにウィルス性胃腸炎と誤診され、遂に盲腸が破裂(穿孔性虫垂炎)して瀕死の状態となりました。

 

コルトン君は手術の間、体外離脱(霊体が肉体を離れること)体験をしていたのです。
コルトン君は一命を取り留めました。
回復してしばらく経って、コルトン君は「ボクが手術を受けているとき、パパは部屋の中で祈っていたでしょ。
ママは誰かと電話していたでしょ。ボク、見たんだよ」と突然両親に話し出したのです。

両親は呆気にとられました。
コルトン君は3歳なので理路整然と自分が体験したことを語ることができません。
しかし3歳のボキャブラリーで自分が体験した天国のことをポツリポツリと語り始めたのです。
天国でイエス様に出会って抱っこされたこと、イエス様と会話したこと、イエス様を信じないと天国に行けないこと、イエス様は子供が大好きなこと、既に天国に帰っているおじいちゃんと会ったこと、人が死んで最初に会うのはイエス様であること等々を語り始めたのです。
牧師であるお父さんは、聖書の黙示録を一度も読んだり学んだことのない3歳の自分の子供が、黙示録に記されている天国の情景に合致することを語り出すので驚嘆してしてしまいました。
正にコルトン君は天国に行ってきたのです。
 
私自身もこの本を読んで驚きと共に喜びと励ましを受け取りました。
聖書が約束している天国は間違いなくある!
イエス・キリストを信じて間違いない!
私が死んで最初に会えるのはイエス様だ!

イエス様を人々に紹介することはなんと価値ある働きでしょうか!

人生とどのつまり天国に行けるか否かです。

なぜなら死後の世界は永遠だからです。

天国で永遠に生きるのか、地獄で永遠に生きるのか、私達はこの地上で自分で選ぶことができるのです。

そうです。私達には選択の自由がありますが、選択した結果から逃れることはできません。

この地上で生きている間に、イエス・キリストを救い主として信じることを選ぶなら、必ず天国に行くことができます。
 
もう一つ私がこの本から皆さんと分かち合いたいことは次のことです。
コルトン君は「ボクには二人のお姉ちゃんがいるの。ママのぽんぽんの中で死んじゃった赤ちゃんいたでしょ?」と言い出したのです。
彼は天国でそのお姉ちゃんに出会った!というのです。
コルトン君にはお姉ちゃんがいるのですが、彼とそのお姉ちゃんとの間に妊娠初期に流産した赤ちゃんがいたのです。
トッド夫妻は彼にそのことを話したことはありませんでした。

コルトン君は更に続けました。
「あのお姉ちゃんは大丈夫。イエス様のパパが養子にしてくれたから。パパとママが名前を付けなかったから名前がないんだって。パパとママがね、天国に来るの待ちきれないって言ってた」と伝えました。
トッド牧師の奥さんはこのことを聞いて涙が止めどなく流れました。〈あの子は女の子なんだ…。私達の赤ちゃんは大丈夫なんだ…。〉トッド夫妻は天国に行く楽しみが増えました。あの娘に会って名前を付けてあげるという楽しみです。

 

キリスト教会では伝統的に「赤ちゃんが亡くなると、そのまま天国に行ける」と伝えられています。

 

私には、生まれて直ぐに亡くなった兄がいます。
照夫といいます。
数年前亡くなった母親は天国で照夫兄ちゃんと会ってるんです!
母親はどんなに喜んだでしょう。
また私達夫婦には流産と子宮外妊娠で亡くした3人の赤ちゃんがいます。
性別も分かりません。名前も付けていません。
でも3人とも神様が養子として迎えて下さっているんです!
そして私達夫婦や4人の兄妹に天国で会えるのを待ってくれているのです!
何という喜びでしょう!
何という福音(嬉しい知らせ)でしょう!

私も天国に帰る楽しみが増えました。
さぁて、あの子達にどんな名前を付けてあげようかなぁ…。


高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

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新谷主任牧師 / 13:19 / - / -
美智子の牧師夫人物語―花も嵐も踏み越えて― 第10回

第10回

 

高砂教会就任一年目の春に、長女恵満を授かりました。 
まるでハーフのような主人そっくりの赤ちゃんでした。

 

私たちの住まいは、礼拝堂の二階でしたが、その二間の一つは牧師の書斎として使っていました。
壁は全部本棚に囲まれ、貰い物の大きなスチール製の机が陣取っていました。


もう一室が寝室でしたが、家具やベビーベッドで狭くなり、肩を寄せ合って暮らしていました。


信徒の方々の手によって建てられた教会堂は、とても教会らしい趣を醸し出していましたが、塔屋と二階部分の継ぎ目は何度修復しても大雨や台風が来る度にその雨漏りは大変な状況となりました。

 


バケツ、洗面器、たらいなど総動員で雨水を受けとめ、二段ベッドを真ん中に寄せて、その下段で朝が来るのを待ちわびた事もありました。


慣れない環境と、牧師夫人としての緊張と、新生児ながらなかなか寝てくれない娘の育児に疲れが溜まり、かなりのストレス状態に置かれていたと思います。

 

そんな私を尻目に、夫の教会に対する熱い情熱と集中力は凄まじく、就任二年目のモットーは、『伝道する教会』でした。


「礼拝が教会にとって心臓に当たるとすれば、伝道は足である。いくら心臓が活発であっても足を動かさなければ体は弱ってくる。かくの如く伝道しない教会は衰退する…」

と、その確固たる確信に、信徒たちの戸惑いや反対の声にも耳を貸しませんでした。

 

 

そして次々と救われた方々の家を開放していただき、家庭集会は瞬く間に三箇所で開かれるまでになりました。

 

手束牧師は愛用の黒い自転車で、信徒の家を次々と訪問して廻り、メッセージの準備に多くの時間を割きながらも、常に目標に向かって進む人でした。

 

私の父三島牧師は二人目の孫が生まれたことを喜び、体の不自由な母を連れて良く訪ねて来てくれました。

 


主人を婿養子のように可愛がり、高砂教会の様子をいつも気にかけてくれていました。


父の教会の信徒で、結婚して加古川に住んでいる方で、長らく信仰生活から離れておられた方を紹介され、その後しばらくしてご一家揃って高砂教会に来られるようになりました。


また、他教会からの転会者も増え、これまでの高砂教会で培われた信徒の方々の人間関係にも、複雑な変化が起こり始めていました。


そんな中、信徒訓練の必要をさらに強く意識した手束牧師は、私の父の誘いで二人して箱根で開かれたベテル聖書研究という学びに半月を費やして出かけました。


実に二年間のコースで聖書全体を学ぶこの学びは、今日まで続けられ、現在21期生が学んでいます。

高砂教会の信徒訓練の大きな柱となっていることに間違いありません。


こうして着実な歩みが進んでいく中、私は内面の葛藤を抱えながらしんどい時期を過ごしていました。


それは今から思えば、自分の頑張りで何とか牧師夫人らしくしないといけないというプレッシャーと、いまだ夫手束牧師を理解できない私の自問自答の葛藤でした。

 

そんな折、時々母親に電話をして愚痴を聞いてもらっていました。
52歳という若さで、半身不随になった母ですが、約一年後には酷い麻痺を抱えながら、牧師夫人の務めに立ち上がり、特に幼い子供たちの教会学校の働きを熱心に頑張っていました。


右半身麻痺でしたので、左手で字を書く練習をし、たどたどしい乱れた字で私に対する励ましの手紙をくれました。


「貴女の気持ち、よく分かります。しかし、その身を主に献げたのですから、いろいろ大変なことがあっても、手束さんを一生懸命支えていくのが、貴女の務めでしょう。祈っているからね。」

という内容でした。


この手紙をもらって、改めて牧師夫人となる決意をした時の気持ちに立ち返らされ、どんなに励まされたことでしょう。


母の通ってきた道のりは、私の苦労など及びもつかなかったのだと、今回のブログ執筆を機に、改めて私の傲慢さを悔い改めさせられます。

 

娘の私の目から見たそれまでの母親は、自分の子供たちだけを必死で守り、父親に依存しているように見え、自己防衛的な人だと、内心批判していました。
口に出しては言いませんでしたが、なんという娘だったことでしょう。家族だけの生活ではなく、多くの行き場のない人を住まわせ、信徒の目を気にしなければならなかった母からすれば、当然の姿でした。

 

 

 

このように私達夫婦は、駆け出しの未熟さを抱えながらも、自分達が若いということを余り
意識せず、使命感ゆえの気負いと情熱で突っ走っていたのでした。
 

 

 

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美智子の牧師夫人物語 / 07:00 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 聖書を学び実践して、脳にご褒美をあげましょう! ☆ ** ホザナ通信2014年1月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 聖書を学び実践して、脳にご褒美をあげましょう! ☆ ** ホザナ通信2014年1月号より 

 

 立春とは名ばかり、まだまだ寒い日が続きます。
ホザナ通信を読んで下さっている皆様、いかがお過ごしですか?1月号なのに2月発行になってしまいすみません。

 

 脳科学に関する書物が多く出版されている昨今、ある方に勧められて「脳に悪い7つの習慣」(林成之著)を読みました。
  林氏は、脳は気持ちや生活習慣で、その働きが良くも悪くもなると、この書物で説いています。

  実際、林氏は、2008年の北京オリンピックの競泳日本代表チームに招かれ「勝つための脳」=勝負脳の奥義について選手達に講義を行い、結果に大きく貢献したということです。
  その代表的な実例が北島康介選手だったのです。

 林氏によれば、脳が最初に情報を受け取る脳神経細胞には、生まれながらにして3つの本能を持っているというのです。
  その3つとは、「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」です。

  そして脳はこの3つの本能に逆らわないことを求めているというのです。
  つまりこの3つの本能に逆らう気持ちや習慣が、脳のパフォーマンスを低下させ、仕事の取り組みや生き方に影響を与えるというわけです。

 林氏は、脳に悪い7つの習慣として…
   峩縮がない」と物事を避けることが多い
  ◆峽だ」「疲れた」と愚痴を言う
  8世錣譴燭海箸鬟灰張灰弔笋
  ぞ錣妨率を考えている
  イ笋蠅燭ないのに、我慢して勉強する
  Ε好檗璽弔箜┐覆匹龍縮がない
  Г瓩辰燭某佑鬚曚瓩覆

  …を挙げています。

  これらの7つは「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」という3つの本能に逆らい、脳の情報処理を低下させたり、誤解させたりして、脳が持っている可能性を封鎖していくそうです。

  確かに心当たりがありますよね。
  
  7つの悪い習慣と逆の気持ちで物事に臨んでいるときには、調子よく頭が回り、気持ちよく物事に取り組めていることが多いと…。
 特に皆さんと分かち合いたいトピックスは、『「自分さえ良ければいい」と思ってはいけない』ということです。
 
  林氏はこう語っています。

 脳神経細胞の本能にもとづき脳に悪い習慣を考えると、まず「自分さえ良ければいい」「他人なんてどうでもいい」というような利己的なスタンスで物事に臨むことがあげられます。
 脳には本来、「仲間になりたい」という本能がありますから、本質的に人は誰かが喜ぶのはうれしいものなのです。
  しかし、現代社会では、成果主義の台頭で競争が助長され、ともすれば「他人はどうでもいい、自分が成果を上げて認められさえすればいい」というふうに考える人が増えている傾向にあります。

 今の社会で、他人とかかわらず生きていくことはできません。
  「生きたい」「仲間になりたい」という本能を、現代社会の枠組みのなかに置けば、脳が求めるのは「世の中に貢献しながら、安定して生きる」ことのなのです。
  私は「貢献心」を、脳の二次的な本能であると考え、これを磨き、高めることが、脳の力を発揮するベースになると思っています。

  また、「貢献心」を磨くとは、実は脳の自己報酬神経群の機能と密接にかかわります。
 「他者の役に立ちたい」「社会に貢献できるのは、自分にとってすばらしいことだ」と思うことは、脳が思考する力をも高めるのです。

 ですから林氏は、私達が人の役に立つことをすることが「脳への報酬(ご褒美)」となり、「仲間になりたい」という本能を満足させることになって、脳のパフォーマンスを向上させることになると言っています。
 こういう脳の働きを知るとき、脳の本能と聖書の教えとがベストマッチしていることに気づいていただきたいのです。

  イエス・キリストはこう言われました。

 「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である(筆者注:これこそ聖書全体の教えである)。」マタイ7章12節

 聖書の教えは、脳が喜ぶ教えであり、生き方なのです。

 それもそのはず。
 聖書は人間(の脳)をお造りになった神様の教えなのですから。

さあ、あなたも聖書の教えに耳を傾け、その一つでも実践して、あなたの脳にご褒美をあげてみませんか!

                                                         
高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年1月号より
子育てや人生に関する記事が連載されている
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新谷主任牧師 / 10:47 / - / -