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日本キリスト教団高砂教会ブログ Weekly Church News

高砂教会広報部がお届けするHOTな情報☆日々のアレコレ!
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ エリーこと竹鶴リタが残してくれたこと ☆ ** ホザナ通信2015年2月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ エリーこと竹鶴リタが残してくれたこと ☆ ** ホザナ通信2015年2月号より 

 みなさん、こんにちは。寒い日が続きますが、陽の光は確実に春の輝きになっています。


 NHK朝の連続ドラマ「マッサン」が大変な人気です。
 その影響でしょうか、国産ウイスキーが品薄になっているそうです。
私も毎朝欠かさず見ています。
マッサンとエリーの夫婦愛に深く感動します。
みなさんは、このドラマのモデルがニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝・リタ夫妻であることは既にご存知だと思います。
リタはイギリス聖公会のクリスチャンでした。
ご主人の政孝も亡くなる前に「自分もリタと同じ所に行きたい」と洗礼を受けたようです。
そんなこともあって、キリスト教界でも竹鶴リタに関する記事や本が出版されています。
早速私も読みました。
ホザナ通信ではドラマでは描かれていないリタの信仰の姿をご紹介したいと思います。
 リタの本名はジェシー・ロベールタ・カウン。
1896年にスコットランド、グラスゴーの小さな町で生まれました。
4人弟妹の長女で、お父さんは医者でした。
1914年に勃発した第1次世界大戦で婚約者を戦争で失いました。
数年後父親が心臓発作で急逝してしまうのです。
一家の大黒柱を失ったカウン家は屋敷を手放さざるを得ませんでした。
婚約者も父親も屋敷も失ったリタは、悲しみに暮れる日々を過ごしました。
そんな時に出会ったのが政孝でした。
政孝はグラスゴー大学でリタの妹と出会い、弟ラムゼイに柔道を教えるためにカウン家を訪ねるようになっていたのです。
 二人は恋に落ちました。
政孝は「結婚しよう。君が望むなら、故郷を捨てこの地に留まる覚悟でいる」とプロポーズ。
リタは「いいえ、あなたには大望があるはず。私たちは日本に行くべきです。絶対に」と答えました。
当時の日本は政府の許可を得ないと国際結婚ができない時代でした。
二人は周囲の反対を乗り越え結婚し日本に戻ってきたのです。
 リタは帝塚山学院で教師などをしながら、苦しい時期の政孝を陰日向となって支え続けたのす。
リタが大阪に住んでいる時、大阪聖アンデレ教会に通っていました。
その教会には養女リマ(ドラマではエマ)が幼児洗礼を受けた記録が残されています。
リタが日本に来るとき母親が持たせてくれた聖書と十字架がありました。
リタは苦しい時、悲しい時、いつも自室に入ってこの聖書を読み、十字架を握って祈っていたようです。
 北海道の余市に移り住んでから、リタは小樽聖公会という教会に通っていました。
その頃のリタの信仰がうかがえる記録が残っています。
それは教会への献金記録です。
この時ニッカウヰスキーはまだウイスキーを造ることができず、りんごジュースを造りながら苦戦をしていた時代です。
決して余裕のある生活ではなかったはずですが、会堂改築のために多くの献金を捧げたのです。
 北海道の竹鶴家でお手伝いさんとして3年間働いた水田一子さんという方がおられます。
リタは料理が大変上手で梅干しなども付けていたようです。
今でもリタが漬けた梅干しが残っています。
政孝もリタの料理には大変満足していたようです。
水田さんは18歳からお手伝いさんとし働き、リタから沢山の料理を教えてもらったようです。
 そんな水田さんとリタとの印象深いエピソードがあります。
ある年のお正月。水田さんはリタに「これは竹鶴家の大切なものだから、絶対に割らないでくださいね」と、瀬戸物のお重を渡されました。
しかしあろうことかその瞬間ガシャーン!水田さんはお重をうっかり割ってしまったのです。
水田さんは、何てことをしてしまったのか…と顔を上げることができませんでした。
するとリタは声を荒げることなく優しくこう言いました。
「形あるものはいつか壊れます。心配しないでいいですよ」と。
このリタの赦しの言葉に水田さんは深く感動しました。
その後、水田さんは、人生の様々な状況で赦せないと思う時に、このリタの言葉を思い出し、赦すことを心掛けてきたそうです。
 西洋人に対して偏見の強かった時代にやって来たリタ。
苦労の多い人生でした。
しかし彼女が歩んできた道には今や多くの花が咲き、人々を励ましています。

                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

 

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新谷主任牧師 / 07:44 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 「しあわせ」は危険なひびき ☆ ** ホザナ通信2015年1月号より

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 「しあわせ」は危険なひびき ☆ ** ホザナ通信2015年1月号より
 

  2015年になって早1ヶ月が経ちます。
1月は「行く」、2月は「逃げる」、3月は「去る」と言いますが、本当に月日が経つのは早いですね。


 先日私は「こころのふしぎ なぜ?どうして?」(正・続)を読みました。
この本は、小学低学年向けに、子供たちの率直な疑問にイラスト付きで分かりやすく答える内容になっています。
私としては納得のできない回答もあるのですが、全体としては良い内容です。
昨年このシリーズが出版されると、子供以上に大人に大きな反響があったようです。
分かっていてもどう説明したらいいのか分からないことを、この本が説明してくれているからでしょう。
 今月この本から分かち合いたいことは、続編の「しあわせのふしぎ」という章です。
そこには先ずこう記されています。

 しあわせは、自分の心が決めるものです。
そのため、自分が「しあわせ」と感じれば、しあわせになれます。
そう、しあわせになるほうほうは、一人ひとりちがうのです。
また、しあわせは一人に一つではありません。
一人の心の中には、たくさんのしあわせがつまっています。
 自分がしあわせになるほうほうを知るためには、まず、心の中をのぞいて、自分の「しあわせの形」をたくさん見つけるところから始めてみると、よいかもしれません。

 ここで記されていることは、「しあわせは客観的なものではなく主観的なものだ」ということです。
しあわせの条件は心にあるのであって、置かれている状況や環境ではないのです。
経済的物質的に豊かであってもしあわせを感じられない人がいます。
逆に経済的物質的に貧しくてもしあわせを感じて生きている人もいます。
心の持ち方・感じ方、物事の考え方・受け止め方がしあわせを感じる否かを決めていくのです。
マスコミは「不況から抜け出せない、豊かさを感じられない、格差が益々拡大している」だのとテレビを通してお茶の間にそんな情報を垂れ流しています。
私は「マスコミは国民の心を操作しようとしている」と感じずにはおれません。
マスコミから流れてくるそんな情報によって、私たちの心に不幸せ感が募り、不平等感が増幅せられ、将来に対する不安感が膨らみます。
結果、沢山の人たちが、世界一幸せな日本で不幸な心で生活し、世界一平等な日本で不平等感で苛立ちながら生きてしまっているのです。
マスコミは国民の心をゴミ箱のように扱っているのではないでしょうか!
マスコミのことを「マスゴミだ!」と言われても仕方がないと思います。
 もう一つこの本に「『しあわせ』は、きけんなひびき…」というページがあって、

「しあわせとは、考えすぎると『そのしあわせいがいはしあわせじゃない』と思い込んでしまう、少しこわいことでもあるのです。」と書いています。
成る程です。
 確かに、しあわせを考えすぎると、「それ以外はしあわせじゃない」という思い込みというか錯覚が生じます。
それ以外にもしあわせを感じられる生き方や道が幾つもあるのに、視野が狭くなって「これしかない!」と錯覚に陥ってしまうのです。
そして「その一つだけのしあわせ」を掴めなかったから、挫折感、敗北感にさいなまれ、ひどい場合は、逆恨みに至ることもあるでしょう。
テレビなんかでよく聞く「夢を諦めないで!諦めなかったら夢が叶う!」というマジックワードが、もしかしたら、「これしかしあわせはない」という錯覚を引き起こさせてしまうのではないかと思うことがあります。
 他にも「しあわせの危険性」はあるでしょう。
例えば「親のしあわせを子どもに押しつける」「しあわせを目的にしてしまう」「しあわせの土台を人に置いてしまう」などなど…。
誰しも「しあわせ」を求めて生きています。
「しあわせ」のために勉強に励み、一生懸命仕事をします。
それは素晴らしいことです。
でもその「しあわせ」がいつの間にか微妙にズレてしまって「不幸」を呼び込んでしまうことが多発します。

聖書はこういうズレのことを「罪」と表現しています。
このズレの本質は「自己中心」です。

「自己中心」を「神中心」に入れ替えるときに、「しあわせのズレ」が修正され、「しあわせの危険性」を回避することができるようになるのです。

「自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。」マルコ8章35−37節


日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

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新谷主任牧師 / 17:49 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ コア・ミッションから離れない! ☆ ** ホザナ通信2014年12月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ コア・ミッションから離れない! ☆ ** ホザナ通信2014年12月号より

 メリークリスマス!
今年もクリスマスがやって来ました。
みなさんはどのようなクリスマスを迎えていますか?
家族や友人知人への優しい心を実践するクリスマスでありますように。
 
さて、今月は「千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン」(野村進著)を読みました。

ご存知ですか?日本には創業100年以上ある企業が15,000社以上あることを!
個人商店などを含めると10万以上あるというのです。

日本最古であり、世界最古の企業は大阪の「金剛組」。
なんと西暦578年(飛鳥時代)から続いているというのです。

日本は世界に類を見ない老舗大国なのです。
そしてその老舗が培ってきた技術が世界産業を支えているというのです。
 
例えば「田中貴金属工業」(田中貴金属)。
創業は明治18(1885)年、今年で129年目。
この企業は、ときどき新聞に金の延べ棒(正式には金地金(きんじがね)という)の広告を出している会社です。
しかしこの企業は、携帯電話のバイブレーションを起こす4ミリくらいモーターに使われている極小ブラシを造っているそうです。
このブラシがなければ携帯電話は動かないというほどの重要アイテム。
しかも殆どの携帯電話には田中貴金属製のブラシが使用されているとのこと。

また世界中の携帯電話の折り曲げ部分で使われている銅箔の4割を製造し、日本国内のライバル一社と合わせて世界シェア9割を占めるのが「福田金属箔粉工業」(福田金属)。
創業は元禄13(1700)年。
優に300年を経ています。
300年以上も倒れなかった老舗企業の背骨に貫かれているものは何なのでしょうか?
11代目の福田誠治さんはこう言っています。

「身の程をわきまえる、というのが、ずうっと貫かれているのとちがうかな。そんな感じが個人的にするんですよ。
バブルのときなんか、それはもう土地を買えとかなんやかんや言われたんですけど、身の程をわきまえたら、自分たちのやる仕事は、そいうものじゃない、と。
『コア・ミッション』(筆者註:コア・ミッションとは「使命の核心部分」)から離れてはいけない、というのは分かっていました。

金属の箔とか粉末を、いかに加工して、いかに人のためになるか。そいうコア・ミッションから離れないことが、自分の身の程をわきまえるということやなと思いますね。
その範囲の中で、いろいろな仕事をしてきたというのは、これからもずうっとかわらないだろうな、と」

京都の老舗に共通する特徴の一つに「身の程を知って分相応に暮らすこと」があるそうです。
福田金属は正にその王道を歩んでいると言えます。

福田氏の言葉「身の程をわきまえる」は、今の日本人に必要な言葉です。
今の日本を覆う文化、特にメディアは「身の程を誤解させる」文化ではないでしょうか。
インターネットの普及によって、幼い子供や多感な青年が、知らなくても良い情報を見聞し、妙に大人になってしまっています。
逆に自分の好きな世界に執着し過ぎる幼稚化する大人もいます。
更にインターネットの匿名性を隠れ蓑にして、まるで自分が神であるかの如く人を断罪する人々が増えています。
また福田氏が「身の程をわきまえる」ことを「コア・ミッションから離れない」と定義づけたことも意味深長です。
全ての人間には、成長段階的に、社会的に、立場的に、能力的に「身の程(コア・ミッション)」というものがあります。
そこから逸脱してしまうときに、自分の人生だけではなく、周囲の人々、更には社会をも混乱させてしまいます。

 
イエス・キリストは自分のコア・ミッションから決して離れず、それを成し遂げたお方でした。
キリストの周囲には、自分達の都合の良いようにキリストを持ち上げようとする動きがありました。
しかしキリストはそういう人々の期待や誘いを一切断ち切り、御自分のコア・ミッションに徹したのです。
その結果が十字架刑でした。
十字架の死こそがキリストのコア・ミッションだったのです。
キリストの十字架の死が、私たちの罪の身代わりの死となり、信じるだけで赦され救われるという救いの道が完成したのです。

クリスマスはこのイエス・キリストがこの世に来られたことを御祝いする日です。

わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。ヨハネによる福音書10章11節



日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年12月号より


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新谷主任牧師 / 09:22 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 人を不幸にする7つの致命的な習慣 ☆ ** ホザナ通信2014年11月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 人を不幸にする7つの致命的な習慣 ☆ ** ホザナ通信2014年11月号より 

  今年もいよいよあと1ヶ月となりましたね。この一年もホザナ通信をお読み下さりありがとうございました。
 先月も紹介した本「人生を楽しく幸福に生きる法」(青木仁志著、柿谷正期監修)から“良好な人間関係を築く知恵”について分かち合いたいと思います。
『不幸な人の致命的な7つの習慣』というドキッとすることが紹介されています。以下引用します。

 配偶者や恋人、親子、職場の人々は、人生の中心近くに存在するとても大切な人たちです。
毎日をともに過ごすのですから、できる限り仲良くしたい人たちでもあります。

本来、お互いが求めているのは良好な人間関係のはずです。
ところが現実はどうでしょう。


 グラッサー博士は長年のカウンセリングの経験から、
「すべての不幸な人が抱えている問題の核心部分は、貧困や不治の病、政治的横暴などを除けば、お互いが望んでいるのに、互いに上手く関わっていけないことである」
と断言しています。
また博士は「人間にとって唯一の問題は、不幸であることだ」としています。
そして人が不幸なときには、異様なまでに破壊的な創造性を発揮し、その結果、非行、犯罪、薬物依存、暴力、精神病と呼ばれるような行動を取るようになると指摘しています。
 本当は仲良くしたいと思う相手とうまくやれない。
一見、他愛のない問題のようですが、これこそがこの世の不幸の根源でなのです。
もちろん、私たちはそのことで葛藤し、何とか改善しようと努力もしています。
しかし、その効果はたかが知れていて、ギクシャクした関係が続くだけか、かえってかっかさせる場合の方が多いようです。
なぜでしょうか。その最大の要因は、関係改善に「人を不幸にする7つの致命的な習慣」を使うからです。

 では、その「人を不幸にする7つの致命的な習慣」とは如何なるものなのでしょうか。

“稟修垢;自己批判も含めて建設な批判はありません。
            批判されて感謝する人は誰もいません。
            批判はすべて破壊的で嫌われるものでしかない。
∪佞瓩:叱ることと責めることは大違いです。
          過ちは責めるのではなく正すべきことです。
          また強制からは何も生まれません。
          強制が長く続くと人間関係が修復不能になります。
J原腓鮓世:大切なのは叱ること。
              自分の感情、つまり相手への反感が優先されているから文句になる。
              文句を言えば親密さを失い敵対関係が生まれます。
ぅミガミ言う:二度以上繰り返す注意はくどいだけで逆効果です。
                躾とは短くキチンと注意し、言動に責任を持たせることです。
ザ爾:相手は敏感に反応するけれども、本質的改善になりません。
        力でねじ伏せようとすると愛と自由を失います。
        支配されることを望む人は誰もいないのです。
θ海鰺燭┐:健全な生活に必要な責任を学ばせるのに、あらゆる罰には効果がありません。
              やがて相手に対する影響力も失います。
Г曚Δ咾把爐:人は誰でもほうびは好きですが、ほうびで釣る人を好きになることはできません。
                家庭や職場から帰属意識が稀薄になり、求心力もなくなります。

 確かにこの7つは私たちの日常で「習慣」となっているもので、相手を変えるため、もしくは、相手のために良かれと思って、当たり前のように行っていることです。
 しかも良かれと思っているからこそ始末に悪い。
 あくまでお互い相手を悪者に仕立てあげ、不幸な人間関係の循環から抜け出せなくなるのです。
 最終的には本質よりも勝ち負けにこだわってしまう。
 この問題に対して聖書はどう答えているでしょうか?
 言葉があります。

いつも、塩で味つけられた、やさしい言葉を使いなさい。そうすれば、ひとりびとりに対してどう答えるべきか、わかるであろう。コロサイ4章6節

 条件反射的に言葉を発するのではなく、「塩で味付け」する時間をもつことです。
ひと呼吸、ふた呼吸して、どうすれば自分も相手も気持ちよく過ごせるか、どうすれば自分の気持ちを正しく伝えられるかを考えつつ、頭の中で遠回りさせることです。
すこし練習が要りますが、練習する価値はありますよ

                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

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新谷主任牧師 / 20:35 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 子供の間違いを「罪」にしない ☆ ** ホザナ通信2014年10月号より

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 子供の間違いを「罪」にしない ☆ ** ホザナ通信2014年10月号より

 ホザナ通信を楽しみ読んで下さっている皆様、最近発行が遅れ遅れですみません。やっと10月号です。


 今月は「人生を楽しく幸福に生きる法」(青木仁志著、柿谷正期監修)を読みました。
職場の人間関係、夫婦関係、親子関係を潤滑にするアドバイスが満載です。
その中から第6章「子供との上手な距離感のはかり方」にある「親は何故、子供の間違いを『罪』にしようとするの」を紹介したいと思います。
 人間には失敗がつきものということを、片時も忘れてはいけないのです。
それは子供でも大人でも同じです。
大人でも、食事中にこぼしたりコップをひっくり返すことがあります。
毎日の生活のなかには、「ついうっかり」ということがよくあります。
問題なのは、子供の「そそう」に対する親の接し方です。
失敗したことを責め続ける傾向があるのです。

 変えたばかりのしかもお気に入りのテーブルクロスに、子供がジュースをこぼしたとします。
こういうときに、ほとんどの親は「何てことをするのッ!」と語気を荒げます。
そして「まったく、あんたはいつもそうなんだから」とトゲトゲしく続けます。
心当たりがありませんか。

 さらには、「忙しいときにかぎって用を増やすのだから」と怒ります。
さてこの場合、誰が中心になっているのでしょう。
そう、親です。親が利己的になっているのです。子供、とくに幼児は、やることなすことが稚拙で、失敗や間違いもたくさんしでかします。

でも、それが子供の特権であり、それを繰り返すことでだんだん上手にできるようになっていくのです。
 そのプロセスを温かく見守ることもなく、親の都合や気分を優先させるので「言葉の虐待」とも受け取れることが平気で言えるのです。
これでは、子供は自分の失敗や間違いを「罪」と感じるようになります。
親自身が、まったく違う価値観と心の傷を植えつけているのです。
結果、子供らしい幼少期を味わうこともなく常に、親の顔色をビクビクうかがいます。
 それが「トラウマ」となり、精神不安定やうつ、引きこもり、過食・拒食になりやすい性格を形成します。
全ては親の無自覚が原因です。

子供のそそうは罪悪ではありません。
それらがキチンとできるようになるには、時間がかかります。
叱ることには何も意味がありません。見守ってやる親の心が必要です。

 確かに子育てには時間と手間がかかります。
乳飲み子の場合はいいのですが、ある程度大きくなって自分で何でもやろうとする子供(第1次反抗期)には、親はついつい大人と同じレベルで見ようとしてしまうことがありますね。
結局できなくて却って時間と手間がかかってしまう子供の姿に、親はイライラしてしまうのです。
そして、そのできないことがまるで「罪」であるかのように、キツイ言葉を子供に浴びせてしまいます。
 私達大人も、かつて子供の頃には同じだったのです。
注意されても、何度も同じ間違いや失敗をしてきました。
その度に、何十回、何百回と親を困らせ、後始末をしてもらっていたのです。
その忍耐力と愛情にはただただ感謝あるのみです。
結果だけを見ないで、成長のプロセスを温かく見守っていきたいですね。
 子供との関係だけでなく、大人同士の関係においても、「ついうっかり」「他のことに気を取られて忘れしまっていたこと」を罪でもあるかのように追及してしまうことがあります。
しかしその様な追及が、相手の心にダメージを与え、心を開いた関係を壊してしまいます。気を付けたいものですね。
さて、聖書にはこんな言葉あります。


『 あなたは正しすぎてはならない。知恵がありすぎてはならない。なぜあなたは自分を滅ぼそうとするのか。悪すぎてもいけない。愚かすぎてもいけない。自分の時が来ないのに、なぜ死のうとするのか。 』    伝道の書7章16-17節
    
 親子関係を含めたあらゆる人間関係において「正しすぎる、知恵がありすぎる、悪すぎる、愚かすぎる」には気を付けましょう。
日本的にいうなら「ほどほど」「お互い様」を忘れないことです。

                                                  

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新谷主任牧師 / 14:12 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ イソップ童話からの知恵 ☆ ** ホザナ通信2014年9月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ イソップ童話からの知恵 ☆ ** ホザナ通信2014年9月号より 

 みなさん、ごきげんよう!
ホザナ通信8月号は結果的にお休みになり、9月号をお届けいたします。
朝夕がめっきり肌寒くなりました。どうぞ健康にはくれぐれもお気をつけください。

「ヘタな人生論よりイソップ童話(植西聰著)」という本を読みました。
イソップ童話と言えば「アリとキリギリス」「北風と太陽」「ウサギとカメ」「オオカミ少年」しか思い出せないのですが、その他にも400篇以上あるそうです。
紀元前600年頃、ギリシャを牛耳っていた独裁者の圧政の中で、イソップなる人物が、政治や社会情勢の風刺を動物にたとえて物語っていったのが、イソップ童話の誕生につながっていったそうです。
植西氏は、イソップ童話71篇を現代風に解釈し、しあわせに生きるヒントを伝えています。
その一例。
「ウサギとカメ」は一般的に「真面目にコツコツと努力を積み重ねていけば、大願成就を果たすことができる」
「どんなに才能があっても油断をすると、努力する人には勝てない」といった教訓として語られます。
しかし植西氏は「夢・願望の実現や成功のゴールを目指して、ガムシャラに突っ走るばかりが人生じゃない。
身体を壊し途中でダウンしようものなら、それまでの努力も、輝かしい未来も、水泡に帰してしまう。
だから、カメのようにマイペースで動き、過度に心身を酷使してはならない」と解釈します。
なるほど!ユニークな解釈です。
いきなり成果を出そうと焦って過度に頑張ってしまうと長続きしません。
「今がチャンス!」「ここぞ!」というとき以外は、カメのように、焦らず、マイペースに無理なく進むことが大切なのでしょう。
自分のできる範囲でコツコツをどりょくを積み重ねていけば、困難と思えることであっても、いつしかチャンスが訪れ成功できるものです。
植西氏はこの本のまとめとして次の様に要約しています。

●人生(運命)の善し悪しというものは、その人の心の状態によって決定する。
●なぜなら、人間の心の奥底にある潜在意識には、想念を受け入れると、それをさまざまな現象として引き出す性質があるからである。
●ただし、幸福や成功といった良い現象のみを実現させたいのならば、常に次のような6つの心、考え方で日々を過ごす必要がある。

  〜蠎蠅領場でモノを考える心。思いやり、共感能力等(尊重思考)。
  ⊃佑亡遒咾鰺燭┐茲Δ箸垢訖粥0情、善意等(喜与思考)。
  どんなことでもプラスに考える(楽天思考)。
  ぜ分自身を大切にする心。快適に生きようとする気持ち(快生思考)。
  ジ従に満足することなく夢や願望を持つ心。また、生きがいを創造しようとする気持ち。向上心・探求心等(上昇思考)。
  Υ衙消成や生きがいの創造に向けて、積極的に考え、行動しようとする心。情熱・信念等(行動思考)。

 

 聖書はこう語っています。

「油断することなく、あなたの心を守れ、命の泉は、これから流れ出るからである。」箴言4章23節

生きる力は肉体から出てくるのではなく、聖書が言うとおり「心」から流れ出るのです。


だから「油断することなく心を守れ!」と教えられているのです。
しかし私たちはウッカリ油断しているうちに、心が否定的なもの、自己中心的なもの、消極的なものに汚染されてしまいます。
雑草はいつの間にか大きく成長してしまいます。
心をよく見張り、上記の「しあわせをもたらす6つの思考」を心に留まり続けるようにしたいものですね。

                                                         
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新谷主任牧師 / 23:42 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 不幸を人のせいにしない ☆ ** ホザナ通信2014年7月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 不幸を人のせいにしない ☆ ** ホザナ通信2014年7月号より 

 

 暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。
 7月号も遅れてしまってすみません。

「ひとり悩むあなたを支える言葉―心を救った偉大なセラピストの教え―」(諸富祥彦著)という本があります。
セラピストの短い言葉を紹介しながら、諸富氏が解説を加えていくという構成になっています。
今月はその一つを取り上げます。

        不幸を他人のせいにするのをやめて、
        ただ自分自身を生きよ。
              フレデリック・パールズ

フレデリック・パールズは、ゲシュタルト療法の創始者です。
今の人生に満足していない時、「幼い頃に両親が私のことを十分愛してくれなかったからだ」と、過去や他者にその原因を求めることが、私たちにはしばしばあります。
「子どもの頃に、両親が私を愛してくれなかった。
それが私のすべての不幸のはじまりです」と語る方は少なくありません。
けれども、他者と過去は変えることができません。

他者が過去に自分にしたことを今から消し去ることはできないのです。
したがって、他者が過去に自分にしたことを、自分の不幸の原因として思い描いている限り、その人に真の幸福はやってきません。
パールズはこうした人生態度を厳しく戒めます。
不幸を他人のせいにするのはやめよ。

そして、ただ自分自身を生きよ。
あなたの人生に対して責任を取れるのは、あなた自身だけなのだから、と。
他の誰もあなたの人生に対する責任を取ってくれません。
考えてみれば当然のことではありますが、人生のこの冷厳な事実を直視せよ、とバールズは私たちに言うのです。

「不幸を他人のせいにしない」生き方。
これは、福祉や保障などが他国に比べて充実している日本においては、いくら強調してもしすぎることのない生き方です。
 

思いやりあふれた日本社会は、自分の幸せを人や社会システムに依存して成立させようとする未熟な体質を醸成しやすいのではないでしょうか。
その結果、妙な逆恨みによる事件が起こります。

 

勿論、様々な事情で人の助けを借りたり、社会システムの支援を受けることは、悪いことでも恥ずかしいことでもありません。
しかし基本的に、私たちは一人の自立した社会人として、自分の幸せや将来を自分で選び取り、必死で努力しながら取り組んでいくというのが本来の姿であります。
しかし未熟な依存体質は、選択の自由と責任そして努力を無視して、選択できなかった原因を周囲のせいにし、今の不幸を周囲の責任にしてしまいます。

 

私は牧師として結婚式の司式をすることがあります。
その際決まってアドバイスすることは、「お互い相手に幸せにしてもらおうなどと思わないこと」ということです。
幸せ一杯の新郎新婦にいきなり水をぶっかけるアドバイスです。
しかし「相手に幸せにしてもらおう」という思いが強ければ強い程、そうならなかったときの落差が大きく、最終的には「この人のせいで私の人生はむちゃくちゃにされる」という怒りがわき起こってしまうからです。
「相手に幸せにしてもらおう」という未熟な依存心から「相手の幸せのために何が出来るか。相手と共に幸せを作り上げていこう」という成熟した自立心が必要です。


こういう成熟した自立心をどうしたら養うことが出来るのでしょうか。
それは真に依存できる存在に気付くことから始まります。
矛盾しているようですが、真の自立は真の依存によってのみ可能となるからです。

真に依存できる存在とは人間の創り主である神です
見えざる神に依存していく時に初めて、人は自由になり、成熟した自立心を養えるようになります。
不幸を人のせいにしない覚悟。
将来を選び取る自由と責任と努力。
相手の幸せのために仕える心の広さ。
人生を楽しむユーモア。
こういう成熟した心を持ちたいものですね。

 

あなたがたは鼻から息の出入りする人に、たよることをやめよ。イザヤ2章22節 

                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2014年7月号より


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新谷主任牧師 / 22:03 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ビジネス界でも神様は働かれます ☆ ** ホザナ通信2014年6月号より

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ ビジネス界でも神様は働かれます☆ ** ホザナ通信2014年6月号より 

 

 

入道雲がわき、太陽が白く輝く季節となりました。皆様はいかがおすごしですか?


さて今月は「中野雄一郎トップ対談・ビジネスは聖書力―天命に安んじて人事を尽くさん」(サイトブックス)という本を読みました。

 

世界中を跳び回っている中野雄一郎牧師が11人のクリスチャン実業家を訪ね、ビジネスと信仰などについてインタビューした対談集です。

 

日本にあまたの実業家がいますが、クリスチャン実業家も意外といるのです。

 

ビジネス界はお金の駆け引きがあるので、きれい事だけでは済まされないダーティな面があることは否めない、厳しい現実でしょう。そんなビジネス界でクリスチャン実業家として信仰とビジネスを調和させながら会社を経営するのは大変なことでしょう。

 

否、そんな世界だからこそ、神の活きた働きを体験してきたクリスチャン実業家の言葉には力があります。


この書物に掲載されている11人のトップリーダーのとりは、なんと高砂市荒井町新浜にある「神戸板金工業株式会社会長」の藤谷吉春さん(80歳)でした。地元にこんな人物がおられたのか!と驚きました。


神戸板金工業株式会社は、建設機械、コンプレッサー等、各種産業機械用の板金パーツを製造する会社です。

その前身は、藤谷さんのお父さんが神戸の地で始めていた「町のブリキ屋」です。先の戦争で全てを失いつつも、お父さんは事業を早々に回復させました。

 

藤谷さんが11歳の時でした。藤谷さんは高校生の時、YMCAで英語を習い始め、そこで宣教師と出会うことでクリスチャンになりました。

高校を卒業してから父親の仕事を継いで、大きく発展させていかれたとのことです。中野牧師との対談の中で藤谷さんはこう言われています。

 

 

 中野 お仕事をする上で信仰が妨げになったということはありませんか。


 藤谷 それは無いですね。ただ今の仕事を続けるか、やめて牧師になるかと真剣に考えたことはありました。あれは大きな岐路だったと思います。あの頃仕事の傍ら、牧師先生のカバン持ちみたいなことをして、よくその仕事を見ていたんですが、神様に仕えて人を救いに導くというのは本当に素晴らしい仕事だと思いました。自分もこんなふうに人のためになる仕事ができたらと考えたんです。
 ずいぶん悩みましたが、私は、英語もそうですが、語学が苦手なので、とても無理かなと考えたのと、やはり今の仕事に対する使命感ですね。親の会社を見捨てられませんし、引き継ぐ人もまだいませんでしたから、ここで私が手を引いたら、取引先にも迷惑がかかりますし、社員の面倒も見てやれなくなりますからね。やはり、今与えられている仕事を天職だと思って一生懸命やることが大事ですね。どんな小さな仕事でも必ず世の中の役に立っているんですから。


 中野 今おいくつですか。


 藤谷 1934年生まれですから、この2月で80歳になります。元気そうに見えるかも知れませんが、私は39歳の時に胃ガンを患いまして、胃を全部摘出しているんですよ。夜中に急に吐血しまして、病院に行ったら即入院でした。体重も56キロあったのが40キロくらいまで落ちたんですけど、徐々に増やしてやっとこのごろ元の体重に戻ってきました。
 その時はなにしろ急でしたから、会社から資料等持って来てもらって、病院で仕事をしてました。子どももまだ小さかったですが、不思議に何も不安は無かったですね。死ぬとかどうとかも考えなかった。考えてもしようがない、自分の力でどうしようもないことは任せるしかないですから。任すということがどれ程楽なことか。あの時は実感しました。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がありますが、私はあれは逆だと思うんですよ「天命を信じて人事を尽くす」という方が本当じゃないですかね。


 中野 信じることが先ず先だ、ということですね。

 

「今与えられている仕事を天職だと思って一生懸命やることが大事です」。「天命を信じて人事を尽くす」。良い言葉ですね。


聖書が指し示す神様はきよい神様ですが、宗教世界だけに引きこもっている神様ではありません。

 

天にも地にも神様は満ちておられて、人間の社会でも働いて下さるお方です。

神様は人間社会の清濁を抱き込みながら御自身の計画を進めていかれるのです。

 

ですから信仰を持って生きるとは、浮き世離れした存在になるのではなく、浮き世に留まりながらも浮き世に振り回されず、神様と共に浮き世に真の喜びと希望を灯していく存在となっていくことなのです。 
                          

日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

 

ホザナ通信2014年5月号より

 


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新谷主任牧師 / 07:00 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 成功の意味 ☆ ** ホザナ通信2014年5月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 成功の意味 ☆ ** ホザナ通信2014年5月号より 

 いよいよ田植えの季節となりました。
 水辺の生き物たちが活発に活動を始めます。
 ホザナ通信5月号を発行できないまま6月中旬になってしまいました。
 もう6月号にしようか…と思いつつも、やっぱり5月号として発行することに致します。
 
 今月は「正しすぎてはならない」(高橋秀典著)を読みました。
 旧約聖書の『伝道の書』から高橋牧師が語った説教をまとめた書物です。
 ビートルズのことなどを引用しながら、人生の虚しさに対する聖書の答えを深く説き明かしています
 その中で皆さんと分かち合いたい箇所を引用します。

 埼玉のジョン・レノン・ミュージアムに行って何よりも教えられたことは、20世紀後半の文化に最も大きな影響力を発揮したビートルズのリーダーにとっての最高の幸せは、ヨーコとの静かな生活のただ中にあったということです。
 そのとき私も、「僕の最高の幸せも、洋子(筆者の妻)との今ここでの生活にある」と心で感じられました。
 それは本日の箇所の結論、「日の下であなたに与えられた空しい人生の日々に、愛する妻との生活を楽しめ…これこそが、あなたが日の下で労したあなたの人生と労苦からの受ける分なのだから」(9章9節)
 に記されている通りです。
 
 ジョン・レノンが凶弾に倒れる数ヶ月前にリリースした「ウーマン」という曲で、ヨーコへの心からの感謝の気持ちを歌っています。
 それは彼女がジョンに「成功の意味」を教えてくれたからだというのです。
 彼は五年間近くも家事と子育てに専念しながら、そこに人生で最高の宝を発見できました。
 彼はその秘訣を、女性が男性の内側にある幼子の心をよく理解できるからと歌っているように思えます。
 とにかく、彼はそこに、たましいの安らぎを感じることができました。
 
 私は、ジョンとは異なった信仰的な立場に立っていますが、かつて何かに駆り立てられるように忙しく生きていながら、人生で目指すべき成功が最も身近なところにあることを気づかずにいました。
 しかし、私たちの心の底にある「成功への憧れ」は、今ここでの、神との交わり、また、神が与えてくださった最も身近な人との交わりの中で満たされるものなのです。

 「成功の意味」。
 それは偉業を達成することではなく、今ここにある人間関係といのちの神との交わりの中にある!
とは意味深長です。
 とかく「成功」を有名になること、一財産を築くこと、目を見張る偉業を達成することなどと理解しがちです。
 確かにそれも成功です。しかしそういうことのみが成功だとするならば、ほんの一握りの人しか成功できないことになってしまいます。
 またそういう成功の裏で、人間関係が崩れ、家庭が崩壊するなら、その成功はその人の心を満足させることはないでしょう。
 
 誰でも達成できる可能性のある成功は、まさに今日の聖書が教えている「関係」の中にあるのです。
 人間は関係の存在です。
 妻や夫との関係、親子関係、身近な人々との関係…、そこに愛し愛される温かい交流が流れている、互いに相手を喜ばせる思い遣りがある、赦し合い受け入れ合う安らぎがある。
 人生の様々な苦労が、そういう関係を育てていくことになるのなら、どんなに心を充足させることでしょうか。

 しかし現実的には人間関係ほど煩わしいものはありません。
 心の傷の殆どは人間関係が原因です。
 ですから今日多くの人々が、表面的な人間関係しか築こうとしません。
 しかしそれでは淋しすぎて、間違った人間関係に深入りしてしまう悲劇が起こっています。
 聖書の中にこういう言葉があります。

平穏であって、ひとかたまりのかわいたパンのあるのは、争いがあって、食物の豊かな家にまさる。箴言17章1節

「成功は関係の中にある」。
このことを心に刻み、人生の苦労をより良い関係を育む肥料と致しましょう。


                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

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新谷主任牧師 / 12:57 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 祈りは脳を活性化する ☆ ** ホザナ通信2014年4月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 祈りは脳を活性化する ☆ ** ホザナ通信2014年4月号より

 空高く響くヒバリの歌声に心が弾みます。
ホザナ通信を読んで下さっている皆様、いかがお過ごしですか?
新年度もスタートし、生活も落ち着いてきている頃ですね。

 
脳科学の研究が進むと共に、脳科学者によって研究成果を基にした本がどんどん出版されています。
「脳と祈り」の関係についての文章(脳科学者:中野信子)を読みました。以下引用します。

脳の中で記憶を司る部位である海馬は、これまでにあったことを記憶するだけではなく、「未来にやるべきこと」「将来行う行動」についての「展望的記憶」(Prospective Memory)もコントロールしています。
たとえば、「来週の水曜日に午後2時から○○さんと会う」という予定を記憶しておくことが、展望的記憶です。
ちなみに、認知症患者では、この展望的記憶の能力が極端に低下しています。
 この展望的記憶をしっかり持っているか否かが、実はその人の生き方にも深い次元で影響を与えています。
それは、たんに「スケジュール管理がうまい」といったレベルの話ではありません。
私達が未来に対するヴィジョンをしっかり持ち、希望をもって人生を歩んで行けるのも、実は展望的記憶の能力があればこそなのです。
なぜなら、10年後、20年後の自分や家族、自分が所属する団体の姿をいきいきと思い描き、「かくありたい」という目標を設定することも、展望的記憶の一部だからです。
 展望的記憶の能力が低い場合、「こうなりたい」というヴィジョンに乏しく、目標達成への地道な努力も苦手で、何をするにも意欲がわきません。
そのように、展望的記憶の強弱が、生き方にも大きく影響を及ぼします。
また、最近の研究で、「人間が未来をいきいきと思い描くときに、海馬の活動が活発になる」ということが分かりました。 

 
 では、展望的記憶を強化し、希望溢れる未来に向かっていきいきと生きていけるようになるには、「祈り」が効果的だと中野氏は説いています。


なぜなら、祈りとは、本来、未来に向けて捧げるものだからです。
変えようがない過去に向けて祈っても仕方がありません。
は「未来を良い方向に変えようとする営み」ですから、私達が祈る時、未来に心を向けるようになります。
ですから、祈りを捧げることによって、人は自ずと脳の海馬を活性化させ、展望的記憶を強化することができるという訳です。

 
「祈り」を捧げる時に気を付けて頂きたいことは、否定的な言葉をそこに入れてはいけないということです。
「脳」には主語を明確にできないという妙な癖があるからです。
例えば「ここで相手が失敗し、私が勝てますように」「他の人はどうでもいい。私が幸せになれるように」等という一見ポジティブなようで悪い祈りがあります。
こういう祈りに対して脳は文章の主語を明確にできず、両方とも自分に向けられた言葉として理解してしまうというのです。
当然脳の活動を鈍らせることになります。
更にこういう内容の祈りは相殺現象が起こり、祈りの力を十分に発揮できずに終わってしまいます。
ですから祈りの言葉を「共に幸せになれるように。お互いが喜べる良い結果になるように。共に成長し合えるように」等に変えるべきでしょう。

 聖書の中にはこういう言葉があります。

信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。ヘブル11章1節

『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたし(キリスト)はあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。マタイ5章43-44節

 
 実に聖書に記されていることは、私達の脳を活性化し、これからの人生を生き生きと輝かせるものに他なりません。


日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

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新谷主任牧師 / 13:05 / - / -