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日本キリスト教団高砂教会ブログ Weekly Church News

高砂教会広報部がお届けするHOTな情報☆日々のアレコレ!
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆感謝した分だけ幸せになれる☆ ** ホザナ通信2016年11月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆感謝した分だけ幸せになれる☆ ** ホザナ通信2016年11月号より 
 冬枯れの季節となりました。皆さん、お元気ですか。


12月はクリスマス、年末、お正月と大イベントが続くので、毎年慌ただしく過ぎてしまいますね。
でも是非皆様には一年を振り返る時間を作って頂きたいと思います。
 最近私は「Thanks5」という感謝日記をつけています。
その日にあった感謝を5つ記録しているのです。
振り返ると、沢山の感謝があることに気づきます。
私がなぜこういうことを始めたかというと、「幸せの扉を開く29のカギ・一生感謝」(ジョン・クゥアン著)を読んで感動し、実践しよう!と駆り立てられたからです。
今月はこの本から「感謝」について分かち合いたいと思います。少々長いですが引用します。

 実際、幸せに絶対的な基準はない。
ある水準に達すると幸せだとか、不幸だという答えがないのだ。
幸せには教科書や参考書があるわけでもなく、公式や模範解答があるわけでもない。
幸せとは自分で作っていくものである。
自ら考え、感じる程度に従って、幸せの度合が決まるのだ。
幸せは持っているものに比例するのではなく、感謝する心に比例するものである。
幸せとは、ないものに関心をよせることではなく、あるもので満足することである。
あるものを大切に思い、感謝する人が幸せな人生を送ることができる。
ないものに対する不平が、あるものに対する感謝に変わるとき、初めて幸せな人生になるのだ。
たとえ他の人よりも貧しくても、あるもので満足し、小さくても自分の人生を満たしてくれるものがあることに感謝しながら生きること。
これこそが幸せなのだ。カール・ヒルティは彼の著書『幸福論』で、「幸福の最初の条件は感謝である」と言っている。

「感謝しなさい。そうすれば若返ります。感謝しなさい。そうすれば発展します。感謝しなさい。そうすれば喜びがあります」。

 たとえ小さなことでも、感謝できる心を持っている人は、幸福値も高くなる。
人は幸せだから感謝するのではなく、感謝しながら生きるから幸せになるのだ。
感謝は必ずや幸せの扉を開いてくれるカギである。

 『幸せは持っているものに比例するのではなく、感謝する心に比例するものである』。
正に名言、その通りです。この文章を読んでいる方も「正にその通り」と頷かれていると思います。
でもこの真理をついつい忘れて、「持っているもの」で幸せを比較してしまうのです。
「持っているもの」とはお金や財産、服装、料理だけではありません。
家柄、性格、才能、スタイル、目鼻立ち、学齢、職業、家族なども含みます。
どんな些細なことも比較し始めると、劣等感・優越感が頭をもたげて、幸せを食い尽くしていきます。
 日本ほど、いわゆる「幸せな国」はありません。
物質的にも豊かで、人権が保障され、福祉も充実し、老後の年金制度も安定しています。
そして人々もとても優しいです。
日本ほど「幸せな国」はどこにもない!と言っても過言ではないでしょう。
それなのに、そんな日本に住んでいる当の日本人の多くは、幸せを感じられずに生活しています。
それはなぜでしょうか?

自己中心と比較が日本社会に蔓延しているからでしょう。
インターネットによるSNSの発達で、強引な権利の主張や妬みから来る誹謗中傷が当然のように拡がっています。
そんな愚かなことをワイドショーが正義の味方よろしく取り上げます。
いつの間にか“ごねた者勝ち”の風潮が浸透しているのではないでしょうか。
感謝よりも不平不満を大声で訴えた者が得をする。
感謝して義務を果たすよりも権利を主張して優遇してもらうとを求める。
だから今あるものに感謝して満足するよりも、ないものを探して不平不満をぶつけ、自分の権利のみを主張するのです。
世界一幸せな国で幸せを感じられない人ほど悲しいことはありません。
感謝こそ幸せの扉を開くカギです。感謝した分だけあなたは幸せになります。

「すべての事について、感謝しなさい。」
                      1テサロニケ5章18節
                                                       
日本キリスト教団高砂教会主任牧師 教会学校校長 新谷和茂

ホザナ通信2016年11月号より
子育てや人生に関する記事が連載されている
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新谷主任牧師 / 18:57 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆幸せ製造機、それは感謝 ** ホザナ通信2016年9月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆幸せ製造機、それは感謝 ** ホザナ通信2016年9月号より 
虫の音にも秋の気配を覚える昨今、皆様如何お過ごしですか?
夏休みも終わり、ホッと一息のお母さん方もおられるかも知れませんね。


 さて、私は「幸せの扉を開く29のカギ−一生感謝」(ジョン・クゥアン著)を読みました。
キリスト教の書物ですが、一般の方が読んでもすぐに役立つ内容です。是非ご一読下さい。
 感謝の効用については、巷でもよく言われていることですが、この書物はさらにそのことを深め、感謝こそ幸せの扉を開くカギであることを具体的に教えてくれています。
ジョン氏はこのように記していました。

 幸せとは自分で作っていくものである。
自ら考え、感じる程度に従って、幸せの度合が決まるのだ。
幸せは持っているものに比例するのではなく、感謝する心に比例するものである。
幸せは、ないものに関心を寄せることではなく、あるもので満足することである。
あるものを大切に思い、感謝する人が幸せな人生を送ることができる。

ないものに対する不平が、あるものに対する感謝に変わるとき、初めて幸せな人生になるのだ。
たとえ他の人よりも貧しくても、あるもので満足し、小さくても自分の人生を満たしてくれるものがあることに感謝しながらいきること。
これこそが幸せなのだ。
カール・ヒルティは彼の著書「幸福論」で、「幸福の最初の条件は感謝である」と言っている。

 『感謝しなさい。そうすれば若返ります。感謝しなさい。そうすれば発展します。感謝しなさい。そうすれば喜びがあります。』

 たとえ小さなことでも、感謝できる心を持っている人は、幸福値も高くなる。
人は幸せだから感謝するのではなく、感謝しながら生きるから幸せになるのだ。
感謝は必ずや幸せの扉を開いてくれるカギである。
 
 確かにそうです。感謝と幸せは正比例するのです。
しかし今の日本社会はどうでしょうか?
感謝するよりも自分の権利を声高に主張し、自分の訴えを強力に押し通そうとします。
そして主張が通らないと、あらゆる手を使って相手を誹謗中傷します。
SNSにおける人格を無視した攻撃にはウンザリします。
とにかく自己主張した者の勝ちという風潮の中で、日本人としての品位がなくなってきている気がします。
また企業はあの手この手で、国民の購買意欲を掻き立てるために、国民の欲求を刺激して、満たされることのない欲求不満状態を作ろうとしています。
物質的に豊かで、すべての事に平等であろうとする日本は、感謝どころでなく、いつも誰かと比較して、イライラし、不平不満で一杯です。
 積極思考で有名なノーマン・ヴィンセット・ピール博士が列車で旅行をしている時、食堂車である夫婦の向かいに座って食べていました。
その夫人は、毛皮のコートを着て、指にはダイヤモンドの指輪をしています。
そして、食堂で夕食を食べているので、客観的には幸せな二人だと思えました。
ところが、その夫人は、とても苛立っているようでした。
やれ、薄暗いだの、隙間風が入るだの、味が合わないだの、サービスが悪いだの…。
 ご主人は温厚な方でしたが、すこしがっかりしているようでした。
どうやら、ご夫人を喜ばせるために旅行に来ているようでしたから。
 彼は場の空気を変えるためか、向かいに座るピール博士に向かって、仕事の話を始めたのです。
自分の仕事は法律家で、家内の仕事は製造業です…と笑いました。
ピール博士は、びっくりして、向かいの彼に、奥様は何を作られているのですか?と尋ねました。
奥さんが、社長にも、従業員にも見えなかったからです。
彼は、答えました。「妻は、不幸を製造しています」。気まずい空気が流れました。
しかし、ピール博士は彼の言葉で気付きが与えられました。
多くの人は作らなくてもいい不幸を、不平を言うことによって自分から作っている…!と。
 あなたの幸せはあなたの持ち物や状況によって決まるのではありません。
あなたの感謝によって決まるのです。
あなたは感謝することによって幸せを作ることができます!

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。」
1テサロニケ5章16−18節

                                                       
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新谷主任牧師 / 12:48 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆幸せをかみしめるもの ** ホザナ通信2016年6月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆幸せをかみしめるもの ** ホザナ通信2016年6月号より

 田植え後の田圃からカエルの元気な泣き声が静かな夜に響きます。


皆さん、お元気ですか?教会学校校長の新谷です。
 近所のトーホーストアで「今日が人生最後の日だと思って生きなさい」(ホスピス医小澤竹俊著)を立ち読みしていると、小澤氏がクリスチャンであると分かり、すぐさま購入してみました。
小澤氏は、一人でも多くの人が、生きてきて良かったと思える最期を迎えられるように尽力され、これまでに2800人以上の患者さんを看取ってこられそうです。
この本は、そういう現場から引き出された知恵が満載されています。
その中で皆さんと分かち合いことは次のことです。
『死を前にした親が、子に望むのは「人格」と「人望」―形のあるものは失われる。
だから、心を残したいと人は願う』というテーマです。

小澤氏の文章を引用します。

 私がこれまでに看取りに関わった患者さんの中には、幼いお子さんを残していかれる方も、たくさんいらっしゃいました。
そうした方々の多くは、決してお子さんに「地位や名誉を手にしなさい」「お金をたくさん稼ぎなさい」などとは言いません。
女親であれ男親であれ、会社員であれ経営者であれ、みな
「勉強はそこそこでもいいから、人に愛されてほしい」
「周りの人と支え合って生きていってほしい」

と望むのです。
 たとえば、私が受け持っていたある会社の社長さんは、がむしゃらに働いて、一代で会社を大きくしました。
彼は人を信頼するのが苦手で、どんな仕事でも最終決定は自分で下していたため、常に多忙でした。
もちろん、家庭や自分の健康を顧みることもなく、ガンが発見された時には、病状はかなり進行していました。
体力は急激に衰え、当然のことながら、出社どころではありません。
ワンマンだったため、社員との関係もうまくいっておらず、ガンであることがわ分かったとたん、部下や取引先は潮が引くように離れて行きました。
 その患者さんは、「自分の人生は、いったい何だったんだろう」「自分の生き方は正しかったのだろうか」と考えるようになり、私にこう言いました。
「私は心のどこかで、自分はみんなから好かれている、信頼されていると思っていました。
でもそれは、おごりでした。
みんなが信頼していたのは私ではなく、私が動かしている仕事やお金、それだけだったのです。
あれだけ飲んで食べて語り合って、分かり合えるところがあると思っていましたが…。
こんなに寂しいことはないですね」。
 大切に育ててきた会社すら失うことになってしまい、
彼は「せめて子供には、人間関係の大切さを、ちゃんと伝えたい」と思ったそうです。
 この世を去る前に、本当に大切なこと、お子さんに伝えたいことが分かり、気持ちに変化が訪れたのでしょう。
その患者さんはとても穏やかな表情になっていました。


 死を目の前にした親が子供に伝えたいことは、
「勉強はそこそこでもいいから、人に愛されてほしい」
「周りの人と支え合って生きていってほしい」という「人間関係の大切さ」であるとは、人生の真実を射貫いている
と私は唸りました。
最終的に私達が幸せを噛みしめるのは、高級グルメを食べることではなく高級ブランドを着ることでもなく、贅沢な旅行をすることでもないのです。
あたたかい人間関係に囲まれることなのです。
そしてあたたかい人間関係は一朝一夕には作れません。
あなたから家族や周囲の人々に時間と心をプレゼントしなければ作れません。
世界一貧乏な大統領として話題になった元ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカ氏がこんなことを言っています。
「日本人は『足るを知る精神(たとえ貧しくとも感謝する心を持ち、心豊かに生きる精神)』を忘れてしまった。
消費原理に巻き込まれて、満足することをせず、もっといい車、もっといい家、もっと高価な電化製品と…もっといい生活を追求しつづけている。
そのためにお金儲けに追われ、ローンの返済に追われ、大切な人生の多くの時間をモノとお金に奪われている。
命ある人間は命あるものからしかしあわせにしてもらえないのだ。
決してモノはしあわせにしてくれない。
時間は命です。
命は時間です。
この大切な時間を家族や友人との交わりにつかうべきだ。」
 正にその通りです。
消費原理で動いてしまっている日本社会で生きる私たちは、その原理から完全に離脱して生活することはできません。
しかしあたたかい人間関係を育てる工夫はできるはずです。
さあ、あたたかい人間関係を育てる工夫を致しましょう!

「平穏であって、ひとかたまりのかわいたパンのあるのは、争いがあって、食物の豊かな家にまさる。」箴言17章1節


日本キリスト教団高砂教会主任牧師 教会学校校長 新谷和茂

ホザナ通信2016年6月号より


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新谷主任牧師 / 20:02 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆大人として出会いを大切にする ☆ ** ホザナ通信2016年4月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆大人として出会いを大切にする ☆ ** ホザナ通信2016年4月号より 

 桜の花が散り、一気に葉桜になりました。
朝夕が肌寒く日中は暑いので、体調管理が難しい今日この頃ですが、自然界は確実に変化しています。


 さて、私は、「大人らしさって何だろう」(大網理沙著、文響社)を読みました。
著者の大網理沙氏は、日本航空やホテルに勤務する中でロイヤルファミリー、政府要人といったVIPの接遇し、また、皇室関係者からプロトコール(公式外交上の国際共通のマナー)を習得した、謂わば、おもてなしのプロフェッショナルです。
この著書は、彼女が出会ってきた一流の人々から気付かされた「大人らしさ」のポイントが分かりやすくまとめられています。
私自身も今年で54歳になるのですが、「年相応の大人になっているだろうか…」と自問自答することがあります。
子供の頃は、親を初めとした大人をみると、生きる世界が違う大きな存在のように感じていました。
いざ私が50歳を越えても「まだまだ幼稚だなぁ〜」と思ってしまいます。
皆さんも、「大人らしさ」を考える上で一読してみて下さい。
 大網氏は「大人らしさ」の一つとして「近くにいる人を大切に出来ていますか?」を挙げています。
以下文章を引用します。
 
 「人生を変える」と言うと、何か大きなことを始めたり、特別なことに挑戦しないといけないような気がしてしまいますよね。
 ですが人生というものは、特別なことをしなくとも、実は自分のすぐそばにいてくれる人が変えてくれるように思います。
少なくとも、私自身はそう感じています。
 昔ある方に、「正義の味方は、どうして地球を守れるんだと思う?」と聞かれたことがあります。
 「それは、一人の人を大事にできるからだよ。小さな世界を大切にできない人に大きな世界は守れないんだよ。
ウルトラマンもアンパンマンも、地球をも守るためなら、あの通行人ひとりくらいいいか。
地球を守るためなら、この小さな町は犠牲になってもいいかと思わないでしょう」。
そんなことをおっしゃいました。…中略…
 特別な人とあって特別なことを学ぶのではなく、今身近にいる人が、自分の人生を大きく変えてくれる可能性があります。
そのことに気づけると、そのうちに思ってもみなかった幸運やチャンスが訪れる…そんなことが人生にはよく起こるものです。
自分の周りの小さな世界、家族や友達や職場の人たち、自分に関わってくれた人を大事にする気持ちと、大事にできる力をもてたらいいなと思います。
 高校の卒業式に、担任の先生から「アンパンマン」の作者やなせたかしさんの詩が送られました。

 私たちはうまれてから 死ぬまで
 何人の人にめぐり逢うのだろう
 無数のような気もするが、実はほんのわずかな数
 そしてさらにその中で
 この人と逢えてよかったと 思える人が
 たとえ ひとりでもいれば
 それは幸福ということになる
 あなたに逢えてよかった
 あなたと同じ時に、同じ地球の空気の中に
 いてよかった
 僕はあなたにそう言いたい

 『いのちのかぞえかた』(千倉書房)という本によると、私達は生涯5万人の人と出会って、3000人の名前を覚え、そのうち顔と名前を一致させられるのは300人。
友達と呼べる人は30人。
親友はたったの3人なのだそうです。
私たちは一生のうちで、沢山の人とであってすれ違っていきますが、本当にご縁のある人は、ごくわずかなのかもしれません。
その意味では、大好きな人でも大嫌いな人でも、今一緒にいられることは、とてもご縁が深いことなのではないでしょうか。
そしてそのご縁は、ぷつんと自分が断ち切ってしまわない限り、たまに離れて距離ができても、また仲良くなったり、そういうふうにつながっていくのだと思います。

 人生には、沢山の今だけの出会いというものがあります。
“今だけ”だからどうでいいというのではなく、一期一会の出会いとして、相手を大切にしていきたいものですね。
人生の深みを味わっている大人として出会いを大切にしていきましょう! 

                                                        
日本キリスト教団高砂教会主任牧師 教会学校校長 新谷和茂

 

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新谷主任牧師 / 07:16 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆ たとえ周回遅れであってもいいじゃないか! ☆ ** ホザナ通信2016年1月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆ たとえ周回遅れであってもいいじゃないか! ☆ ** ホザナ通信2016年1月号より

 ホザナ通信を愛読下っている皆様、こんにちは。
新年が明けて早1ヶ月が経ちました。年々月日の流れるのが早く感じます。


しっかり生きないと!と自分を励ます日々です。( 画像は顔じゃんけん中の新谷牧師です2017.08.26)

 私は『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』(樋野興夫著)を読みました。
樋野氏は順天堂大学医学部病理学・腫瘍学教授で、クリスチャンです。
樋野氏は、2008年から「がん哲学外来」という働きを始めています。
それは医療行為を行う場所ではなく、がんで不安を抱えた患者と家族を対話を通して支援する働きです。
この「がん哲学外来」に不安に呵まれてやって来た人達が、笑顔で帰っていくそうです。
この働きは今や「がん哲学カフェ」という名前で全国に拡がっています。
この本は、この働きから生まれた「言葉の処方箋」集です。
その一つをご紹介します。

 人生なんて相対的なものです。
誰が先頭を走っているかなんて傍目にはわかりません。
たとえ一周遅れになったとしても、ある人から見たら、案外、あなたが先頭を切って走っているように見えるのかも知れません。
 私は子どもの頃から足が遅かったので、マラソンではいつもトップから周回遅れでした。
当時は悔しく恥ずかしい思いをしていましたが、いま振り返ると「人生は一周遅れぐらいのほうがちょうどいい。ゆっくり走ると、ゆとりが生まれる。人生はゆとりを持って品性を保ちながら走り続けることが大切」と感じます。
 トップでゴールできればそれは確かにすばらしい。
しかし、トップの人だけ価値があって、ビリの人には価値がないかというと決してそうではない。
ビリでゴールした人にもトップとはまた違った価値がある。
周回遅れになっても、最後まであきらめずに走り終えた人の姿に私達は感動したり、勇気づけられたりします。
周回遅れの人にも周回遅れなりの責任があるのです。
私をそれを「1周遅れの先頭の責務」と呼んでいます。

 病気になって人に遅れを取ってしまったからといって焦らなくてもいい。
失敗して無駄な時間を使ってしまったからといって焦らなくてもいい。
うまくできないからといって焦らなくてもいい。
むしろゆとりを持って、品性を保ちながら続けることが大事です。
人生は相対的です。
息を切らして必死の形相で戦闘を走るよりも、鼻歌を歌いながら1周遅れぐらいがちょうどいいのです。

 正に言葉の処方箋ですね。
肩の力がスーッと抜けませんか!人生、そんなに気負わなくてもいいのだ…と心が安らぎ、返って力がでてきます。
 朝の連続ドラマ「あさが来た」が流行に流行っています。
九転十起のあさの成功物語です。
私も感動し励まされ、目を離すことが出来ません。
と同時に「皆があさのようになる必要はないんだ!」とも思わされます。
あさの姉はつも、裕福な両替商に嫁ぎましたが、時代の流れに乗りきれず倒産し一家で夜逃げ。
人目を避けて農家の手伝いをしながら暮らしました。
その後和歌山県に引っ越しし、みかん農家として生きていきます。
過去に縛られず、前を向いて生きていく覚悟をし、みかん作りに誇りを持って生きている姿に清々しさを感じます。
 樋野氏が言うように、人生は相対的なものなのです。
決して人生を比較して優越感・劣等感を持つ必要はありません。
自分の人生を主人公として天に恥じない生き方をすればいいのではないでしょうか。
周回遅れになっても、最後まで走りきった姿に天は感動してくれます。

「わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。」?テモテ4章7節


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新谷主任牧師 / 10:29 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆浅子から学ぶ ☆ ** ホザナ通信2015年11月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆浅子から学ぶ ☆ ** ホザナ通信2015年11月号より 

 みなさん、お久しぶりです。お元気ですか?いよいよ冬将軍到来で冬本番です。
元気に明るくクリスマスシーズンを迎えたいですね。


 さて、NHK朝ドラ「あさが来た」が高視聴率を挙げています。
私も毎日楽しみに見ています。
特徴的なのは男性ビジネスマンにも人気があるという点です。
ドラマの中にビジネスヒントが盛りこまれているからだそうです。
 ヒロインあさのモデルは広岡浅子という人物。
彼女は晩年にクリスチャンになっていますので、キリスト教界もこのドラマに対して始まる前から注目していました。
そして本が出版されました。
「浅子と旅する。−波乱の明治を生きた不屈の女性実業家−」(いのちのことば社フォレストブック)です。
読んでみると、広岡浅子の人生の分厚さに驚きました。
読みやすいので是非ご一読ください。
 彼女は男尊女卑の強かった幕末・明治・大正という時代にあって、炭鉱事業、生命保険会社、日本女子大学等の事業を興していきました。
彼女の口癖は「九転び十起き」。
「七転び八起き」では納まらないほど努力する!
ということです。
ですから彼女は、当代きっての重鎮達(渋沢栄一、伊藤博文、大隈重信など)とも対等に渡り歩いて、多くの事業を成し遂げていったのでした。
 連ドラのあさの口癖の一つは「なんでだす?」です。
当時の人々が当たり前だと思っている習わしや在り方に対して「なんでだす?」と疑問を投げかけ、変えるべきものと変えてはならないものを見極め、新しい発想・新しい生き方を模索しています。
実在の浅子は「なんでだす?」とは言っていなかったでしょうが、彼女は政略結婚や妾のように、女性が物のように扱われることに強い疑問を抱いて成長していったようです。
そして、女性も男性と同じ人間であり、決して男性に劣るものではない!との信念を持っていたからこそ、女子教育を提唱する成瀬仁蔵と出会い、女子教育に命を注いでいったのでした。
 やがて敏腕の浅子はキリスト教と出会い、クリスチャンとなっていきます。
そのキッカケは乳ガンでした。死を覚悟して手術をし一命を取り留めました。
この時浅子は神の存在を意識し、「天はなほ何かをせよと命を貸して下さった」と感じたようです。
それからというもの、宮川経輝牧師や山室軍平牧師等と出会い、聖書を学ぶようになりました。
1911(明治44)年クリスマスに、浅子は日本基督教団大阪教会で洗礼を受けました。
その日は9名の子供達が洗礼を受けることが先に決まっておりました。
百戦錬磨の女性実業家の浅子は、「是非子供達と一緒に洗礼を受けさせてほしい」と願い、子供達に混ざって洗礼を受けたのです。
神の前で彼女の心が謙遜にされていた証しです。
 浅子が創った和歌が残っています。

          思いきや 外にも求めし とこしへの
              命は我が うちに在りとは

 浅子自身、妾の子供として生まれ三井家で育ちました(朝ドラではそうではそういう設定にはなっていません…)。
浅子は絶えず男性達と張り合い、自分の力で頑張ってきました。
表現を変えるなら、外に幸福をもとめる人生でした。
しかし生涯の最後に、やっと心の底から甘えることができるキリストに出会い、永遠の命を内に頂いている喜びを体験したのです。

上記の和歌はそんな浅子の心を表しているのではないでしょうか。
 私達の人生にも、外にある幸福を追い求める時期と内に既にある幸福を噛みしめる時期とがあると思います。
人生には両方が必要でしょう。
しかし最終的には内にある幸福が残るのだと思います。
そして内ある幸福を大切に育てる人が心満たされる人生を歩むことになります
                                                        
日本キリスト教団高砂教会主任牧師 教会学校校長 新谷和茂

 

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新谷主任牧師 / 12:39 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 幸せになるために ☆ ** ホザナ通信2015年7月号より

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 幸せになるために ☆ ** ホザナ通信2015年7月号より
 

  いよいよ夏休みになりましたね。子ども達は嬉しい嬉しい夏休み。
親にとってはちょっと複雑な夏休み…かな?
ひと夏、どうせなら楽しみましょう!

 

 さて、私は「心を癒す言葉の花束」(アルフォンス・デーケン著)を読みました。
デーケン氏は元上智大学教授で日本における死生学のパイオニアです。
流石デーケン氏、タイトル通りの書物でした。
この書物から今月分かち合いたいのが「不幸な人の6つの特徴」です。
誰でも幸せになりたいと願っています。だから「不幸な人の特徴」を知り、それらを避けるように心掛けようというわけです。 
 
 ー己愛に欠けている人
   自分を十分に愛せない人は、他者を本当に愛することができず、ゆえに、幸福にはなれません。
 
 ∩蠎蠅鬚△襪ままに認められない、受け入れられない人
   いつも相手にこうあってほしいとか、あれではだめだなどと、不満ばかり並べていたら、結局自分が不幸になります。
 
 人生の各段階に応じて成長していない人。
   私達は、各ライフステージによって生き方が違ってきます。
 若い時には、マイホーム、マイカー、仕事の業績など、何かを「持つ」ことが人生の大きな目標になります。
しかし中年期からは、いかに「ある」かを考えて、心の温かい人間になる事の方が大切だと思います。
定年退職後は「手放す」ことが課題になります。
人生の各段階でうまく軌道修正できない人は、不幸になります。
 
 ぢ昭圓魄媼韻靴垢る人
   周りの人の目を気にするのは、日本人の特徴の一つです。
客観的な価値観より、周りの目を通して、自分の態度や行動を認める傾向が強いのです。
和を尊ぶがゆえのことでしょうが、周りの人の判断が間違っているときは、大きな落とし穴となってしまいます。
精神科医で心理学者の加賀乙彦さんは、著書「不幸な国の幸福論」で、日本人の他者を意識過ぎる性
質が、幸不幸に大きく関わっていると指摘しています。
「相手に良く思われようとして自分の感情を押し殺すようなことが続けば、心は疲弊していくでしょう。
そうして自分で自分を苦しめている割には、相手から評価が得られず、むしろ軽んじられてしまうことも多い。
本音で話し合えるような関係を築くのも難しくなります。
他者の評価を気にするあまり、心を病んでしまうことさえある」このように周りの判断を基盤にすることは、非常に危険なのです。
 
 タ誉犬隆躓,鬟船礇鵐垢箸靴道箸錣覆た
    危機はある意味チャンスとも言えます。困難な中から抜け出ようと努めなければ、幸福への道を見つけることは難しいでしょう。
 
 信じない人、愛せない人
    キリスト教の立場から言うと、人間を越える神の存在を信じることによって、幸福になる人は多いです。
この偉大なる可能性を信じ、大いなる存在の無条件の愛の呼びかけに応えない人は、幸福になるチャンスを見逃しているかも知れません。 
  成る程とうなずけますね。
人生は一筋縄ではいきません。
しあわせを望みながらも、様々な要素が絡み合って、思ったようにはなりません。
あの人とおなじようにしているのにどうして…!っと不平を洩らしてしまうこともあるかも知れません。
成功者のハウツー本を読み、その通りにやってみても、著者はうまくいったとしても、読者はそうはすんなりいかないものです。そうなのです。
人生は一人ひとりがオリジナルで、決して同じ人生はないのです。
だからこそ、デーケン氏が最後に挙げている「人間を越えた神の存在」を信じることが重要なのです。
私達一人ひとりをオリジナルに創られた神様だからこそ、私達の人生に関わることができます。あなたならではの幸せを実感するために「神様を信じる心」を持ってみましょう!


日本キリスト教団高砂教会現主任牧師 教会学校教校長 新谷和茂
ホザナ通信2015年7月号より


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新谷主任牧師 / 13:44 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 病気になっても壊れない幸せ ☆ ** ホザナ通信2016年5月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 病気になっても壊れない幸せ ☆ ** ホザナ通信2015年5月号より 

皆さん、お元気ですか?4月からホザナ通信編集担当が変わりましたが、私は隔月で執筆させて頂く事になっています。
よろしくお願いいたします。


それにしても5月だというのに暑いですね。
体調にはくれぐれもお気を付け下さい。 
先々月に引き続き「神様がくれた弱さと微笑み」(西村隆著)から巻頭言をお届けしたいと思います。

 不治の病気を宣告されても
 私は誰にも負けないくらい幸せです。
 病気になったくらいで
 壊れるような幸せよりも
 病気になっても
 より強く実感できる幸せを
 創りませんか

 これは西村隆さんの短いけれども力強い呼びかけです。
ドキッとしませんか。西村氏は関西学院神学部を経て、神戸聖隷福祉事業団に入社。
37歳の時にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発病。
この病気は運動神経が障害されて筋肉が萎縮していく進行性の神経難病です。
病気が進行し、徐々にしかし確実に手足が、体が、口が動かなくなる中で、彼は文章を綴っていきました。
 西村氏が不治の病を患ったことが周囲に伝わっていくと、多くの知人友人が、「病人は不幸な人」とばかりに、様々なアドバイスをしてくれたそうです。
全て善意からの熱心なアドバイスでした。しかしそうであればあるほど、彼は違和感を感じるようになりました。
 西村氏は「治るとか、以前のような健康になることはあきらめて、この病気とうまく付き合っていこう」と決断をしました。
患っている病気にもよるのでしょうが、彼の場合、自分の限られた時間やエネルギーを、治ることだけに使わないで、生活全体にうまく配分しようと考えたわけです。
そして家族と過ごす時間、新しい人達と出会うことに時間とエネルギー使っていきました。 
彼は「人生の目的は、健康で長生きすることではありません。もっと内面的、精神的、霊的なことが大切です」と言っています。ALS(筋萎縮性側索硬化症)という不治の病に限らず、人はみな人生に終わりがあるのは決まっています。
時々刻々と命の時間は短くなっているのです。
各自が残された時間を何のために使うかが問われます。
その使い方によって、冒頭で取り上げた西村氏の
「病気になったくらいで、壊れるような幸せよりも、病気になっても、より強く実感できる幸せを創りませんか」
という言葉が実現されるのでしょう。 
また西村氏はこうも言っています。
病を得て、数え切れないものを失い続けています。
例えば、ハンバーガーにかじりつくこと、町を歩いたり、お喋りしたり、何かをすること、出来る事。
英語で言えば、《DOING》の世界に生きること。
そこにこそ、生きる意味や価値があると考えていました。
「私でもいきていて良いのかなあ」。
不安で仕方がありません。 
病を得て、数え切れないものを失い続けても、残るものがあります。
何もできないかもしれないけど、私は今、確かにここにいます。
英語で言えば、《BEING》の世界。
ここにも生きる意味や価値があると気がついたとき、「私でも生きて良い」。
不安は去り、心にゆとりができました。 

病を得て、数え切れないものを失い続けて、私を見つめる目があります。
私はその目にどんな姿を映せるだろう。
悲しんではいられない。苦しんではいられない。
「私は、より幸せに生きるべきた」。

幸せを問い始めました。 
無駄なものがそぎ落とされて、はだかになったたましいが感じたものは、人のぬくもり、共にいる幸せ。
私の幸せ、ありえない。
あるのは、私たちの幸せ。
私のいのちが、ぱっとはじけてひろがりました。
共にあるいのち。共にいる喜び。
そしてイエスと共に。

 この西村氏の言葉をとおして、人間のもっとも原初的な幸せと安心は「共に」のなかにあるのだと気付かされます。 
子どもが小さければ小さいほど「共に」を求めます。
成長と共に自立していきますが、「自立」は「孤立」ではありません。
健全に「共に」いるための「自立」です。
やがて老年になり様々身体の機能が失われていくときに「共に」いることが益々必要になります。 
共にいる喜び、幸せを大切に育てていきたいですね。 
                                                         
日本キリスト教団高砂教会現主任牧師 教会学校教校長 新谷和茂
ホザナ通信2015年5月号より

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新谷主任牧師 / 13:07 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 状況に適った言葉を語る ☆ ** ホザナ通信2015年3月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ 状況に適った言葉を語る ☆ ** ホザナ通信2015年3月号より 

 桜が咲きいよいよ春本番と思いきや、冬に戻ったかと思うほどの寒い日が来ましたね。
ホザナ通信をお読みの皆さま、体調にはくれぐれもお気を付け下さい。


 さて、3月号が思いっきり遅くなって諦めかけておりましたが、「継続は力なり」で発行致します。
 この度私は、「神様がくれた弱さとほほえみ−20編の小さな物語」(西村隆著)を読みました。
西村氏はALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っておられる方です。
この病気は運動神経が障害されて筋肉が萎縮していく進行性の神経難病です。
病気の進行は個人差はありますが、手や足をはじめ体の自由がきかなくなり、話すことも食べることも、呼吸することさえも困難になります。
しかし、基本的には他の内臓、感覚、自律神経と頭脳はほとんど障害されることがないそうです。
西村さんは37歳の働き盛りにこの病気になりました。
身体機能が徐々に衰えるなか、動きにくくなった手をやっとの思いで動かして文章を綴っていったのがこの書物です。
 最初の章「たった一言」には、西村氏が発病した最初の夏に、ハワイへ家族旅行に行った時のエピソードが記されています。
お決まりの観光地巡りの他に、教会の集会にも参加した様子が報告されています。以下、本文を引用します。

 サムさんの家は小高い丘にあって、綺麗な海を一望出来る静かな町にありました。
夕方、十人ほどの人が集まりテーブルを囲みました。
アメリカでは日常的にあるホームパーティで、滞在中、何回か招かれました。
 どこの国でもパーティの主役は女性です。
私とサムさんは楽しいおしゃべりに耳を傾けていました。
すっかり打ち解けたころ、話題は私たち家族に移りました。
もう何回となく話し慣れた病気のこと、将来、家族。
 明るい雰囲気は一変して、真剣でかつ深い同情の会話が溢れました。
それまでほとんど口を開かなかったサムさんがポツリ、ひとりごとのように
「安心なさい、子どもたちはあなたがいなくなっても、しっかり生きていく。大丈夫、安心なさい」。
そのことばに触れたとき、「あっ」と小さく叫びました。
そして次の瞬間、涙があふれて止まりませんでした。
でも今まで流した涙とはまったく違うものです。
それまで流した涙は、くやしさ、怒り、無念でした。
冷たい涙は、こころもたましいも凍らせます。
今回の涙は、重荷、緊張から解放された、喜びの熱いものでした。
 サムさんは日系アメリカ人、第二次世界大戦ではヨーロッパ戦線に従軍、何度も生死の境を経験しています。
それ以上の経歴は知りません。
 私との接点はこの時限り。
彼はきっと私の事は覚えていないでしょう。
まったく関係のない彼の「安心なさい」ということばは、心の中で根を生やし、グングン成長し続けていて、今も私を支えてくれています。
 平凡で何処にでもある小さなことば、いえ、ことばとはかぎりません。
仕草や行為かもしれません、が何でこんなに輝くのでしょうか。
魂に届いたことば。
私は、このたった一言に出会うために、ハワイに行ったような気がする。

 サムさんの「安心なさい、子どもたちはあなたがいなくなっても、しっかり生きていく。大丈夫、安心なさい」という言葉はなかなか言えるものではありません。
戦争で死線をくぐり抜けてきた方だからこそ言えた言葉だと思います。
普通なら、その場の空気を読み過ぎて余計な励ましをしてしまうところです。
 悩みの中にある人に語りかけることはなんと難しいことでしょう。
相手の状況に適った言葉を語り、心をほぐし、励ましをプレゼントできる言葉を語りたいですね。
そのためには、沈黙を言葉で埋めようと焦らず、相手の心に寄り添いながら、神様に耳を傾ける祈り心が大切なのだと思わされます。 
                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

ホザナ通信2015年3月号より


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新谷主任牧師 / 08:05 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ エリーこと竹鶴リタが残してくれたこと ☆ ** ホザナ通信2015年2月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜心にいっぷく ** ☆ エリーこと竹鶴リタが残してくれたこと ☆ ** ホザナ通信2015年2月号より 

 みなさん、こんにちは。寒い日が続きますが、陽の光は確実に春の輝きになっています。


 NHK朝の連続ドラマ「マッサン」が大変な人気です。
 その影響でしょうか、国産ウイスキーが品薄になっているそうです。
私も毎朝欠かさず見ています。
マッサンとエリーの夫婦愛に深く感動します。
みなさんは、このドラマのモデルがニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝・リタ夫妻であることは既にご存知だと思います。
リタはイギリス聖公会のクリスチャンでした。
ご主人の政孝も亡くなる前に「自分もリタと同じ所に行きたい」と洗礼を受けたようです。
そんなこともあって、キリスト教界でも竹鶴リタに関する記事や本が出版されています。
早速私も読みました。
ホザナ通信ではドラマでは描かれていないリタの信仰の姿をご紹介したいと思います。
 リタの本名はジェシー・ロベールタ・カウン。
1896年にスコットランド、グラスゴーの小さな町で生まれました。
4人弟妹の長女で、お父さんは医者でした。
1914年に勃発した第1次世界大戦で婚約者を戦争で失いました。
数年後父親が心臓発作で急逝してしまうのです。
一家の大黒柱を失ったカウン家は屋敷を手放さざるを得ませんでした。
婚約者も父親も屋敷も失ったリタは、悲しみに暮れる日々を過ごしました。
そんな時に出会ったのが政孝でした。
政孝はグラスゴー大学でリタの妹と出会い、弟ラムゼイに柔道を教えるためにカウン家を訪ねるようになっていたのです。
 二人は恋に落ちました。
政孝は「結婚しよう。君が望むなら、故郷を捨てこの地に留まる覚悟でいる」とプロポーズ。
リタは「いいえ、あなたには大望があるはず。私たちは日本に行くべきです。絶対に」と答えました。
当時の日本は政府の許可を得ないと国際結婚ができない時代でした。
二人は周囲の反対を乗り越え結婚し日本に戻ってきたのです。
 リタは帝塚山学院で教師などをしながら、苦しい時期の政孝を陰日向となって支え続けたのす。
リタが大阪に住んでいる時、大阪聖アンデレ教会に通っていました。
その教会には養女リマ(ドラマではエマ)が幼児洗礼を受けた記録が残されています。
リタが日本に来るとき母親が持たせてくれた聖書と十字架がありました。
リタは苦しい時、悲しい時、いつも自室に入ってこの聖書を読み、十字架を握って祈っていたようです。
 北海道の余市に移り住んでから、リタは小樽聖公会という教会に通っていました。
その頃のリタの信仰がうかがえる記録が残っています。
それは教会への献金記録です。
この時ニッカウヰスキーはまだウイスキーを造ることができず、りんごジュースを造りながら苦戦をしていた時代です。
決して余裕のある生活ではなかったはずですが、会堂改築のために多くの献金を捧げたのです。
 北海道の竹鶴家でお手伝いさんとして3年間働いた水田一子さんという方がおられます。
リタは料理が大変上手で梅干しなども付けていたようです。
今でもリタが漬けた梅干しが残っています。
政孝もリタの料理には大変満足していたようです。
水田さんは18歳からお手伝いさんとし働き、リタから沢山の料理を教えてもらったようです。
 そんな水田さんとリタとの印象深いエピソードがあります。
ある年のお正月。水田さんはリタに「これは竹鶴家の大切なものだから、絶対に割らないでくださいね」と、瀬戸物のお重を渡されました。
しかしあろうことかその瞬間ガシャーン!水田さんはお重をうっかり割ってしまったのです。
水田さんは、何てことをしてしまったのか…と顔を上げることができませんでした。
するとリタは声を荒げることなく優しくこう言いました。
「形あるものはいつか壊れます。心配しないでいいですよ」と。
このリタの赦しの言葉に水田さんは深く感動しました。
その後、水田さんは、人生の様々な状況で赦せないと思う時に、このリタの言葉を思い出し、赦すことを心掛けてきたそうです。
 西洋人に対して偏見の強かった時代にやって来たリタ。
苦労の多い人生でした。
しかし彼女が歩んできた道には今や多くの花が咲き、人々を励ましています。

                                                         
日本キリスト教団高砂教会副(現主任)牧師 教会学校教頭(現校長) 新谷和茂

 

ホザナ通信2015年2月号より
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新谷主任牧師 / 07:44 / - / -