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日本キリスト教団高砂教会ブログ Weekly Church News

高砂教会広報部がお届けするHOTな情報☆日々のアレコレ!
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆幸・不幸を丸ごと感謝して頂く☆ ** ホザナ通信2017年12月号より

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆幸・不幸を丸ごと感謝して頂く☆ ** ホザナ通信2017年12月号より

 ホザナ通信を愛読して下さっている皆様、こんにちは。

教会学校校長の新谷です。久しぶりです…という方がいいかもしれませんね。
 さて、最近「学校では教わらなかった人生の特別授業」(木下晴弘著)を読みました。

木下氏は有名塾のカリスマ講師として名を馳せた方です。

彼は人生の意味や勉強の目的などを子供達に問いながら授業を進め、子供達自らがペンを取り勉強し始めるように指導した講師です。

今日本では、大学の授業料までも無料化しようかと検討されています。

高学歴の国民が増えましたが、人生の意味や勉強する目的などを掴んでいない人が多いのではないでしょうか。

ですから知的には優れているのに、生き方のピントがずれている若者が多いように思われます。

教育の充実と共に学校ではなかなか学べない人生の生き方などを学ぶ場所が必要だと思います。

それには教会がピッタリです。
話しを本筋に戻します。

木下氏は「幸せの正体を解き明かす」という章でこのように言っています。

 さて、あなたにとって「幸せ」とはどういったものでしょうか?

私は幸せの形というものは、実はこの世に存在しないと思っています。

…中略…「ああ、幸せだな」と感じることがあるでしょう。

しかし、その幸せとは、過去に不幸を体験もしくは感じたことがないと、その幸せは感じることはできません。

なぜならば「幸せ」という定義そのものが「幸せではない状態ではない」というものだからです。

ややこしいですが、人間の幸せではない状態、つまり不幸をどこかで感じた体験をしているから幸せだと思える瞬間がくるわけです。
 言い換えると、不幸を全く知らない人が幸せを感じることはできません。

そう考えると、不幸というのは幸せを感じることができるようになるための大きな要素だと言うことが分かります。

だから、ただやみくもに幸せばかりを追いかける思考から脱却する必要があります。

本当は幸せと不幸が一体となっていていいのです。

だから、自分は今不幸のどん底にいるという人でも、そこには必ず一筋の光明が見えているはずです。

…中略…一方、幸せの中にも必ず不幸の種はあります。

祖いう意識があれば、幸せも不幸もウェルカムで、すべてを受け入れる泰然自若の精神でいられるのです。

 木下氏の言うように、幸せも不幸も人生という器の中で一体となっています。

人生の器から幸せだけを取り出しても、それは人生にならないでしょう。

逆もそうです。

これは幸不幸だけでなく、生と死も同じ事です。

正と負が一体となって出来上がるのが人生です。 

しかし最近の社会の風潮として、不幸のかけら一つもない幸せ、負の要素が全くない正を追求しているように思えてなりません。

つまり純粋思考です。

純粋思考のままだと人生の何処かで必ず行き詰まります。

何故なら人生は清濁混ざり合ったものだからです。
 美しい刺繍であればある程、その裏は様々な糸が行き交っています。

特に明るく綺麗な糸以上に、黒色の糸こそが美しい刺繍にとって欠かせない糸であることが分かります。

幸せの中にも不幸の要素があり、不幸の中にも幸せの要素があります。

そういう要素を認めることができるかどうかが重要なのです。

幸せの中に不幸を認め、有頂天にならずに謙遜になり、足をすくわれないように気を付ける必要があります。

不幸の中に幸せを見つけ、絶望せず希望を繋いでいくことが重要です。
 人生という器にある幸・不幸を丸ごと自分の人生として感謝し受け止めていくことで、人間として成熟することができます。

そして来たるべき将来に対しても動じない心をもつことができます。

『苦しみにあったことは、わたしに良い事です。

これによってわたしはあなたのおきてを/学ぶことができました。』
詩119:71


日本キリスト教団高砂教会主任牧師 教会学校校長 新谷和茂

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新谷主任牧師 / 08:55 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆自分の人生に自信を持って生きる☆ ** ホザナ通信2017年7月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆自分の人生に自信を持って生きる☆ ** ホザナ通信2017年7月号より 
 
梅雨が明け、夏本番中です。本当に暑いですね。
みなさん、お元気ですか?


 「地下足袋をハイヒールに履きかえて」(岩多恵著)は、岩さんの45年の人生を綴った本です。
大変面白く、感動的で、励まされる本です。
ブログ風なのでアッと言う間に読めてしまいます。
彼女は、資金なし、コネなし、経験なし、資格なしのないものづくしで起業し、今都内でウェディングドレスサロン、女性限定語学スクールなど3拠点を運営する実業家です。
 多恵さんは奈良県吉野山で設備会社を営む両親のもとで育ちました。彼女が高校生17歳の時、事件が起きました。
お父さんが保証人になっていた人が逃げてしまったのです。
莫大な借金を背負うことになりました。
家族会議が開かれました。
選択肢は2つ。
夜逃げをするか返済をするか。
結果、家族全員で力を合わせて返済することになりました。

お父さんは、会社を売却し、日雇労働へ。
お母さんは、老人ホームのヘルパーに。お姉さんは看護助手に。
多恵さんと弟さんは学業をしながら、現場作業員として働く事になりました。
 多恵さんは作業服に地下足袋でチェーンソー片手に山仕事です。
現場の初日、トラックのバックミラーに映った汗と土にまみれた自分の姿を見た時、「私の人生は終わった…」と溜息をつきました。
するととび職のおじさんが言いました。
「この仕事をするなら本気でやれ。自分の仕事を恥じるな。自分で選んだ事を誇るんだ」。
多恵さんはこの言葉にガツンとやられ、誇りをもって現場作業に励みました
それから10数年後、彼女は「地下足袋をハイヒールに履きかえて」、東京の銀座で事業を営んでいます。
彼女の心には、あのとび職の叔父さんの言葉が今も刻まれているそうです。
こんなエピソード以外にも、まだ若いのに、すごい経験をしているなぁと感心しました。
是非ご一読下さい。
 さて、あのとび職のおじさんの言葉
「この仕事をするなら本気でやれ。自分の仕事を恥じるな。自分で選んだ事を誇るんだ」
はパワーのある金言ではないでしょうか!
今の時代、多くの人が「これで良かったのかなぁ…?」と迷っています。
もしくは「あの時あっちを選んでおけば良かった…」と後悔しています。
更には「あの人達と比べたらなんて惨めなんだ…」と自信を持てないでいます。
人生は一度きり。
人生に往復切符はありません。
だからこそ迷う、
だからこそ後悔する、だからこそ自信が持てない。
そんな時に、占い師のような疑わしい人達(指示しておきながら、相手の人生に何の責任も取れない人達)の断言した言葉に振り回されてている人が意外と沢山います。
確かに迷う。
確かに自信が持てない。
しかし私達は自分の人生の最高責任者であり経営者であることを決して忘れてはなりません。
自分のしている仕事に恥じることなく、自分が選んだ道に誇りを持ち、自分の人生を本気で生きる覚悟が必要です。
 そのためにはあなたの存在をそのまま受け入れ、あなたの人生の味方となり、いつまでも応援してくれる存在、つまり、本気で愛してくれる存在が必要なのです。
どんなに強靱な精神の持ち主でも、人生に迷う時があります。
失敗して大きくへこむこともあるでしょう。
自信の柱が揺らぐこともあります。
そういう時に支えとなってくれるのが、一緒にいて愛し支えてくれる家族であり友人です。
そういう人がいない人は本当に惨めです。
そういう意味でも、常日頃の人間関係を育んでおくことは重要なテーマです。
そのような愛し支え合う人間関係は一朝一夕にはできません。
日頃の積み重ねによって育てられます。
 もう一人、あなたの味方となり、あなたを決して見放さず応援してくれる存在がいます。
それがイエス・キリストです。

このお方はあなたを牛耳り、操るお方ではありません。
あなたをひとりの大切な人格として認め、あなたの自由意志を尊び、あなたの人生の対等なパートナーとなって歩んで下さる友です。

そしてあなたがこのお方を信頼している限り、あなたの共同責任者として、あなたの人生を支え、助け、導いて下さいます。
キリストと一緒なら、今の自分を恥じることなく、選んだ道に自信をもって生きられるようになります。

  見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。マタイ28章20節b

教会学校校長 新谷 和茂


日本キリスト教団高砂教会主任牧師 教会学校校長 新谷和茂


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新谷主任牧師 / 09:10 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆自信を身に付ける☆ ** ホザナ通信2017年5月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆自信を身に付ける☆ ** ホザナ通信2017年5月号より 
 お久しぶりです。教会学校校長の新谷です。
覚えていて下さったら嬉しいですが…。

 最近私は、「自信」ということについて考えることがあります。
 「自信」は誰にとっても必要な心の態度です。
私なりに「自信のある人」について考えてみました。
 「自信のある人」は、人に媚びることをしないので堂々としています。
 「自信のある人」は、心に余裕があるので人を思いやることができます。
 「自信のある人」は、人と比較しないので、自分の気持ちや考えを健全に表現し、自分自身と人生を楽しんでいます。
 「自信のある人」は、失敗を恐れないでチャレンジすることができます。
 「自信のある人」は、人の立場や考えを尊重できるので、人を利用したりコントロールせず、協力することができます。
 「自信のある人」は、自分を強く見せたり、必要以上に自分を守ろうとしないので、素直に感謝できたり、謝ったりできます。
 「自信のある人」は、失敗や問題が起こっても悲観的にならず、そこから人生の知恵と力を引き出します。 
 「自信のある人」は自然体で、肩に力が入っていないので、どのような事態にも対応できます。
 
 親が子育てで願うことは「自信のある人」に育ってほしい!ということではないでしょうか。
「自信がある」ことと、高学歴である、大企業に勤めている、多額な財産がある、立派な家柄などとは無関係です。
高学歴でも、大企業に勤めていても、立派な家柄でも、実は自信がない…という人は沢山います。
 では「自信」をどのように育めば良いのでしょうか。
基本的な3つのことを分かち合いたいと思います。
_燭あっても愛されているという実感です。
 別な表現をすれば、何があっても見捨てられることはないという確信です。
 人にとって、愛想を尽かされ、見捨てられることほど、怖いことはないのではないでしょうか。
 保育園や幼稚園で、親の迎えが遅れたことによって、ギャンギャン泣く子がいるものです。
 親は、迎えが遅れただけと軽く思っていても、子供としては自分一人が取り残されていく恐怖で泣いてしまうのです。
 見捨てられる恐怖、これは人間の根源的な恐怖だと思います。
 しかし人間である限り、それが親であっても、夫婦であっても、恋人であっても、とことん相手の側にいることはできません。
 人はいざという時はいつも一人です。ところが、何があっても人を愛し、見捨てることのないお方がいます。
 それがイエス・キリストです。 
 キリストはこう言われています。
『わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない』(ヨハネ14章18節)。 
 何があっても神だけは私を愛し見捨てることがない。
 この確信が自信に繋がっていきます。

⊂さな自信を積み重ねることです。
 人生には子供の頃から小さな嫌なことがあります。
 その小さな嫌なことから逃げないで、しっかり取り組み乗り越える経験を積み上げておくことです。
 毎日の宿題、嫌いな給食、苦手な授業など…そこから逃げないで、一つ一つ乗り越え来たことが、自信に繋がります。
 勿論乗り越えた事実に対する親や先生からの賞賛が必要です。
 そしてそういう姿勢が、大人になってからでも、自分の自信を養う姿勢になります。
 また小さなことでも継続してやり続けることが自信となります。
 例えば“あいさつ”。
 元気で明るくあいさつを続けていると、必ず人から、あの人は元気にあいさつができるしっかりした人だ、という評価をしてもらえるようになります。すると次のステップアップのチャンスがやってくるものです。

最後に、失敗しても敗北に終わらせないことです。
 人生に失敗はつきものです。
 失敗してもいいのです。
 失敗とは何かにチャレンジした勇気のしるしだからです。
 しかし失敗をそのまま放置していては敗北になってしまいます。
 失敗から学び、成功の秘訣を掴み取って立ち上がることです。
 失敗から学び、人生の肥やしとすることができるなら、自信を更に大きく育むことができるでしょう。
 私達親自身が自信を育み、子供達が自分の自信を育む手伝いをしていきたいものですね。

                                                       
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新谷主任牧師 / 12:48 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆「誰でもできることを誰よりも熱心にやる」☆ ** ホザナ通信2017年1月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆「誰でもできることを誰よりも熱心にやる」☆ ** ホザナ通信2017年1月号より 
 
寒い日が続いていますが、皆様、如何お過ごしですか?
教会に植えられている梅の木に花が咲いています。確実に春が近づいていますね。

最近私は、青木仁志氏の著書をよく読んでいます。
彼はクリスチャンであり、アチーブメントという人材開発コンサルティング会社の社長です。
これまでに述べ34万人以上の人々が青木氏の研修会で学んでいるとのこと。
私は研修会には参加したことはありませんが、青木氏の著書で大いに励まされています。
 今月のホザナ通信で紹介したい本は、その青木氏の「一生折れない自信のつくり方」という本です。
充実した人生を生きるための最も大事な土台である「自信」を育む秘訣が沢山紹介されています。その1つを紹介します。

「誰でもできることを誰よりも熱心にやる」。
世の中には、誰もやったことのない特別なことをやろうと思って、結果的に何も手に付けられていない人が多く見られます。
「何かうまいやり方があるんじゃないか」と手をこまねくだけで、当たり前のことをないがしろにしている。

そんな人たちです。

誰でもできることを、誰もできないほど熱心に取り組む。
これができなければ、いまより向上することなんてできません。

私たちに必要なことは、「特別な何か」を探すことではなく、当たり前のことに目を向けて、それを誰にも負けないぐらい熱心に取り組むことではないでしょうか。
 〜中略〜 自分ができることに没頭し、誰にでもできることを、誰よりも熱心にやった結果、普通の人では到底手に入らない成功を手にすることができるのではないでしょうか。
これこそが自信を育む最大のコツであり、成功の秘訣です。

 〜中略〜 あなたにもやってみたいこと、興味のあること、好きなことは1つはあるはずです。
まずそれを誰にも負けないぐらい、とにかく熱心に取り組んでみてください。
そこにミラクルが起こります。
もし何も思いつかないのであれば、「挨拶」の徹底を心がけてみましょう。
挨拶がしっかりできる企業は、いつ訪れても気持ちのよいものです。
しかし、実際は意外とできていない企業が多い。
そういうときこそ、自分が率先して挨拶するように心がける。
すると周りの人から評価され、自己イメージも上がり、小さな自信が生まれてきます。

「凡事徹底」。
世の中にはたくさんのどうでもいいことと、数少ない大切なことがあります。
この数少ない大切なことを誰よりも熱心におこない、習慣化していくことが、あなたを成功へと導いてくれます。
 “あなたはオンリーワンの人。
だからあなただけにしかできない特別なことが必ずある!あなただけの夢を持とう!
夢は必ず実現する。実現するために夢はあるんだ!…”
なんて美しいけど空虚な励ましのフレーズが、いつの時代でももてはやされます。
このフレーズは全くのウソではありません。
でも一般化できるものではないと思います。
こういう空虚な言葉にほだされて、空回りしてもがいている若者達が沢山いるのではないでしょうか。
かつての私もそうでした。
“自分だけの何かがあるはず…でもそれが何かわからない。
僕しかできない特別な仕事があるはず…。でもそれが分からない。”
考えすぎてしまう。結局現実逃避ばかりしているのです。
青木氏が言うように「特別な何か」ばかりを求めて、当たり前のことが何もできない。
理屈はそれなりに立派に並べるけれども、自信も実績も何もないのです。
 特別なことをしなくていい。誰でもできることを誰よりも熱心にやる。
これこそ人生の秘訣です。

何かうまい手はないものかと考えすぎないで、見映えが悪くても、当たり前のことを誰にも負けないぐらいにやり続ける。
これが最も確かな人生の土台です。

「小事に忠実な人は、大事にも忠実である。そして、事に不忠実な人は大事にも不忠実である。」ルカ16:10
               
日本キリスト教団高砂教会主任牧師 教会学校校長 新谷和茂

 

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新谷主任牧師 / 10:19 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆感謝した分だけ幸せになれる☆ ** ホザナ通信2016年11月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆感謝した分だけ幸せになれる☆ ** ホザナ通信2016年11月号より 
 冬枯れの季節となりました。皆さん、お元気ですか。


12月はクリスマス、年末、お正月と大イベントが続くので、毎年慌ただしく過ぎてしまいますね。
でも是非皆様には一年を振り返る時間を作って頂きたいと思います。
 最近私は「Thanks5」という感謝日記をつけています。
その日にあった感謝を5つ記録しているのです。
振り返ると、沢山の感謝があることに気づきます。
私がなぜこういうことを始めたかというと、「幸せの扉を開く29のカギ・一生感謝」(ジョン・クゥアン著)を読んで感動し、実践しよう!と駆り立てられたからです。
今月はこの本から「感謝」について分かち合いたいと思います。少々長いですが引用します。

 実際、幸せに絶対的な基準はない。
ある水準に達すると幸せだとか、不幸だという答えがないのだ。
幸せには教科書や参考書があるわけでもなく、公式や模範解答があるわけでもない。
幸せとは自分で作っていくものである。
自ら考え、感じる程度に従って、幸せの度合が決まるのだ。
幸せは持っているものに比例するのではなく、感謝する心に比例するものである。
幸せとは、ないものに関心をよせることではなく、あるもので満足することである。
あるものを大切に思い、感謝する人が幸せな人生を送ることができる。
ないものに対する不平が、あるものに対する感謝に変わるとき、初めて幸せな人生になるのだ。
たとえ他の人よりも貧しくても、あるもので満足し、小さくても自分の人生を満たしてくれるものがあることに感謝しながら生きること。
これこそが幸せなのだ。カール・ヒルティは彼の著書『幸福論』で、「幸福の最初の条件は感謝である」と言っている。

「感謝しなさい。そうすれば若返ります。感謝しなさい。そうすれば発展します。感謝しなさい。そうすれば喜びがあります」。

 たとえ小さなことでも、感謝できる心を持っている人は、幸福値も高くなる。
人は幸せだから感謝するのではなく、感謝しながら生きるから幸せになるのだ。
感謝は必ずや幸せの扉を開いてくれるカギである。

 『幸せは持っているものに比例するのではなく、感謝する心に比例するものである』。
正に名言、その通りです。この文章を読んでいる方も「正にその通り」と頷かれていると思います。
でもこの真理をついつい忘れて、「持っているもの」で幸せを比較してしまうのです。
「持っているもの」とはお金や財産、服装、料理だけではありません。
家柄、性格、才能、スタイル、目鼻立ち、学齢、職業、家族なども含みます。
どんな些細なことも比較し始めると、劣等感・優越感が頭をもたげて、幸せを食い尽くしていきます。
 日本ほど、いわゆる「幸せな国」はありません。
物質的にも豊かで、人権が保障され、福祉も充実し、老後の年金制度も安定しています。
そして人々もとても優しいです。
日本ほど「幸せな国」はどこにもない!と言っても過言ではないでしょう。
それなのに、そんな日本に住んでいる当の日本人の多くは、幸せを感じられずに生活しています。
それはなぜでしょうか?

自己中心と比較が日本社会に蔓延しているからでしょう。
インターネットによるSNSの発達で、強引な権利の主張や妬みから来る誹謗中傷が当然のように拡がっています。
そんな愚かなことをワイドショーが正義の味方よろしく取り上げます。
いつの間にか“ごねた者勝ち”の風潮が浸透しているのではないでしょうか。
感謝よりも不平不満を大声で訴えた者が得をする。
感謝して義務を果たすよりも権利を主張して優遇してもらうとを求める。
だから今あるものに感謝して満足するよりも、ないものを探して不平不満をぶつけ、自分の権利のみを主張するのです。
世界一幸せな国で幸せを感じられない人ほど悲しいことはありません。
感謝こそ幸せの扉を開くカギです。感謝した分だけあなたは幸せになります。

「すべての事について、感謝しなさい。」
                      1テサロニケ5章18節
                                                       
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新谷主任牧師 / 18:57 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆幸せ製造機、それは感謝 ** ホザナ通信2016年9月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆幸せ製造機、それは感謝 ** ホザナ通信2016年9月号より 
虫の音にも秋の気配を覚える昨今、皆様如何お過ごしですか?
夏休みも終わり、ホッと一息のお母さん方もおられるかも知れませんね。


 さて、私は「幸せの扉を開く29のカギ−一生感謝」(ジョン・クゥアン著)を読みました。
キリスト教の書物ですが、一般の方が読んでもすぐに役立つ内容です。是非ご一読下さい。
 感謝の効用については、巷でもよく言われていることですが、この書物はさらにそのことを深め、感謝こそ幸せの扉を開くカギであることを具体的に教えてくれています。
ジョン氏はこのように記していました。

 幸せとは自分で作っていくものである。
自ら考え、感じる程度に従って、幸せの度合が決まるのだ。
幸せは持っているものに比例するのではなく、感謝する心に比例するものである。
幸せは、ないものに関心を寄せることではなく、あるもので満足することである。
あるものを大切に思い、感謝する人が幸せな人生を送ることができる。

ないものに対する不平が、あるものに対する感謝に変わるとき、初めて幸せな人生になるのだ。
たとえ他の人よりも貧しくても、あるもので満足し、小さくても自分の人生を満たしてくれるものがあることに感謝しながらいきること。
これこそが幸せなのだ。
カール・ヒルティは彼の著書「幸福論」で、「幸福の最初の条件は感謝である」と言っている。

 『感謝しなさい。そうすれば若返ります。感謝しなさい。そうすれば発展します。感謝しなさい。そうすれば喜びがあります。』

 たとえ小さなことでも、感謝できる心を持っている人は、幸福値も高くなる。
人は幸せだから感謝するのではなく、感謝しながら生きるから幸せになるのだ。
感謝は必ずや幸せの扉を開いてくれるカギである。
 
 確かにそうです。感謝と幸せは正比例するのです。
しかし今の日本社会はどうでしょうか?
感謝するよりも自分の権利を声高に主張し、自分の訴えを強力に押し通そうとします。
そして主張が通らないと、あらゆる手を使って相手を誹謗中傷します。
SNSにおける人格を無視した攻撃にはウンザリします。
とにかく自己主張した者の勝ちという風潮の中で、日本人としての品位がなくなってきている気がします。
また企業はあの手この手で、国民の購買意欲を掻き立てるために、国民の欲求を刺激して、満たされることのない欲求不満状態を作ろうとしています。
物質的に豊かで、すべての事に平等であろうとする日本は、感謝どころでなく、いつも誰かと比較して、イライラし、不平不満で一杯です。
 積極思考で有名なノーマン・ヴィンセット・ピール博士が列車で旅行をしている時、食堂車である夫婦の向かいに座って食べていました。
その夫人は、毛皮のコートを着て、指にはダイヤモンドの指輪をしています。
そして、食堂で夕食を食べているので、客観的には幸せな二人だと思えました。
ところが、その夫人は、とても苛立っているようでした。
やれ、薄暗いだの、隙間風が入るだの、味が合わないだの、サービスが悪いだの…。
 ご主人は温厚な方でしたが、すこしがっかりしているようでした。
どうやら、ご夫人を喜ばせるために旅行に来ているようでしたから。
 彼は場の空気を変えるためか、向かいに座るピール博士に向かって、仕事の話を始めたのです。
自分の仕事は法律家で、家内の仕事は製造業です…と笑いました。
ピール博士は、びっくりして、向かいの彼に、奥様は何を作られているのですか?と尋ねました。
奥さんが、社長にも、従業員にも見えなかったからです。
彼は、答えました。「妻は、不幸を製造しています」。気まずい空気が流れました。
しかし、ピール博士は彼の言葉で気付きが与えられました。
多くの人は作らなくてもいい不幸を、不平を言うことによって自分から作っている…!と。
 あなたの幸せはあなたの持ち物や状況によって決まるのではありません。
あなたの感謝によって決まるのです。
あなたは感謝することによって幸せを作ることができます!

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。」
1テサロニケ5章16−18節

                                                       
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新谷主任牧師 / 12:48 / - / -
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 田植え後の田圃からカエルの元気な泣き声が静かな夜に響きます。


皆さん、お元気ですか?教会学校校長の新谷です。
 近所のトーホーストアで「今日が人生最後の日だと思って生きなさい」(ホスピス医小澤竹俊著)を立ち読みしていると、小澤氏がクリスチャンであると分かり、すぐさま購入してみました。
小澤氏は、一人でも多くの人が、生きてきて良かったと思える最期を迎えられるように尽力され、これまでに2800人以上の患者さんを看取ってこられそうです。
この本は、そういう現場から引き出された知恵が満載されています。
その中で皆さんと分かち合いことは次のことです。
『死を前にした親が、子に望むのは「人格」と「人望」―形のあるものは失われる。
だから、心を残したいと人は願う』というテーマです。

小澤氏の文章を引用します。

 私がこれまでに看取りに関わった患者さんの中には、幼いお子さんを残していかれる方も、たくさんいらっしゃいました。
そうした方々の多くは、決してお子さんに「地位や名誉を手にしなさい」「お金をたくさん稼ぎなさい」などとは言いません。
女親であれ男親であれ、会社員であれ経営者であれ、みな
「勉強はそこそこでもいいから、人に愛されてほしい」
「周りの人と支え合って生きていってほしい」

と望むのです。
 たとえば、私が受け持っていたある会社の社長さんは、がむしゃらに働いて、一代で会社を大きくしました。
彼は人を信頼するのが苦手で、どんな仕事でも最終決定は自分で下していたため、常に多忙でした。
もちろん、家庭や自分の健康を顧みることもなく、ガンが発見された時には、病状はかなり進行していました。
体力は急激に衰え、当然のことながら、出社どころではありません。
ワンマンだったため、社員との関係もうまくいっておらず、ガンであることがわ分かったとたん、部下や取引先は潮が引くように離れて行きました。
 その患者さんは、「自分の人生は、いったい何だったんだろう」「自分の生き方は正しかったのだろうか」と考えるようになり、私にこう言いました。
「私は心のどこかで、自分はみんなから好かれている、信頼されていると思っていました。
でもそれは、おごりでした。
みんなが信頼していたのは私ではなく、私が動かしている仕事やお金、それだけだったのです。
あれだけ飲んで食べて語り合って、分かり合えるところがあると思っていましたが…。
こんなに寂しいことはないですね」。
 大切に育ててきた会社すら失うことになってしまい、
彼は「せめて子供には、人間関係の大切さを、ちゃんと伝えたい」と思ったそうです。
 この世を去る前に、本当に大切なこと、お子さんに伝えたいことが分かり、気持ちに変化が訪れたのでしょう。
その患者さんはとても穏やかな表情になっていました。


 死を目の前にした親が子供に伝えたいことは、
「勉強はそこそこでもいいから、人に愛されてほしい」
「周りの人と支え合って生きていってほしい」という「人間関係の大切さ」であるとは、人生の真実を射貫いている
と私は唸りました。
最終的に私達が幸せを噛みしめるのは、高級グルメを食べることではなく高級ブランドを着ることでもなく、贅沢な旅行をすることでもないのです。
あたたかい人間関係に囲まれることなのです。
そしてあたたかい人間関係は一朝一夕には作れません。
あなたから家族や周囲の人々に時間と心をプレゼントしなければ作れません。
世界一貧乏な大統領として話題になった元ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカ氏がこんなことを言っています。
「日本人は『足るを知る精神(たとえ貧しくとも感謝する心を持ち、心豊かに生きる精神)』を忘れてしまった。
消費原理に巻き込まれて、満足することをせず、もっといい車、もっといい家、もっと高価な電化製品と…もっといい生活を追求しつづけている。
そのためにお金儲けに追われ、ローンの返済に追われ、大切な人生の多くの時間をモノとお金に奪われている。
命ある人間は命あるものからしかしあわせにしてもらえないのだ。
決してモノはしあわせにしてくれない。
時間は命です。
命は時間です。
この大切な時間を家族や友人との交わりにつかうべきだ。」
 正にその通りです。
消費原理で動いてしまっている日本社会で生きる私たちは、その原理から完全に離脱して生活することはできません。
しかしあたたかい人間関係を育てる工夫はできるはずです。
さあ、あたたかい人間関係を育てる工夫を致しましょう!

「平穏であって、ひとかたまりのかわいたパンのあるのは、争いがあって、食物の豊かな家にまさる。」箴言17章1節


日本キリスト教団高砂教会主任牧師 教会学校校長 新谷和茂

ホザナ通信2016年6月号より


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新谷主任牧師 / 20:02 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆大人として出会いを大切にする ☆ ** ホザナ通信2016年4月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆大人として出会いを大切にする ☆ ** ホザナ通信2016年4月号より 

 桜の花が散り、一気に葉桜になりました。
朝夕が肌寒く日中は暑いので、体調管理が難しい今日この頃ですが、自然界は確実に変化しています。


 さて、私は、「大人らしさって何だろう」(大網理沙著、文響社)を読みました。
著者の大網理沙氏は、日本航空やホテルに勤務する中でロイヤルファミリー、政府要人といったVIPの接遇し、また、皇室関係者からプロトコール(公式外交上の国際共通のマナー)を習得した、謂わば、おもてなしのプロフェッショナルです。
この著書は、彼女が出会ってきた一流の人々から気付かされた「大人らしさ」のポイントが分かりやすくまとめられています。
私自身も今年で54歳になるのですが、「年相応の大人になっているだろうか…」と自問自答することがあります。
子供の頃は、親を初めとした大人をみると、生きる世界が違う大きな存在のように感じていました。
いざ私が50歳を越えても「まだまだ幼稚だなぁ〜」と思ってしまいます。
皆さんも、「大人らしさ」を考える上で一読してみて下さい。
 大網氏は「大人らしさ」の一つとして「近くにいる人を大切に出来ていますか?」を挙げています。
以下文章を引用します。
 
 「人生を変える」と言うと、何か大きなことを始めたり、特別なことに挑戦しないといけないような気がしてしまいますよね。
 ですが人生というものは、特別なことをしなくとも、実は自分のすぐそばにいてくれる人が変えてくれるように思います。
少なくとも、私自身はそう感じています。
 昔ある方に、「正義の味方は、どうして地球を守れるんだと思う?」と聞かれたことがあります。
 「それは、一人の人を大事にできるからだよ。小さな世界を大切にできない人に大きな世界は守れないんだよ。
ウルトラマンもアンパンマンも、地球をも守るためなら、あの通行人ひとりくらいいいか。
地球を守るためなら、この小さな町は犠牲になってもいいかと思わないでしょう」。
そんなことをおっしゃいました。…中略…
 特別な人とあって特別なことを学ぶのではなく、今身近にいる人が、自分の人生を大きく変えてくれる可能性があります。
そのことに気づけると、そのうちに思ってもみなかった幸運やチャンスが訪れる…そんなことが人生にはよく起こるものです。
自分の周りの小さな世界、家族や友達や職場の人たち、自分に関わってくれた人を大事にする気持ちと、大事にできる力をもてたらいいなと思います。
 高校の卒業式に、担任の先生から「アンパンマン」の作者やなせたかしさんの詩が送られました。

 私たちはうまれてから 死ぬまで
 何人の人にめぐり逢うのだろう
 無数のような気もするが、実はほんのわずかな数
 そしてさらにその中で
 この人と逢えてよかったと 思える人が
 たとえ ひとりでもいれば
 それは幸福ということになる
 あなたに逢えてよかった
 あなたと同じ時に、同じ地球の空気の中に
 いてよかった
 僕はあなたにそう言いたい

 『いのちのかぞえかた』(千倉書房)という本によると、私達は生涯5万人の人と出会って、3000人の名前を覚え、そのうち顔と名前を一致させられるのは300人。
友達と呼べる人は30人。
親友はたったの3人なのだそうです。
私たちは一生のうちで、沢山の人とであってすれ違っていきますが、本当にご縁のある人は、ごくわずかなのかもしれません。
その意味では、大好きな人でも大嫌いな人でも、今一緒にいられることは、とてもご縁が深いことなのではないでしょうか。
そしてそのご縁は、ぷつんと自分が断ち切ってしまわない限り、たまに離れて距離ができても、また仲良くなったり、そういうふうにつながっていくのだと思います。

 人生には、沢山の今だけの出会いというものがあります。
“今だけ”だからどうでいいというのではなく、一期一会の出会いとして、相手を大切にしていきたいものですね。
人生の深みを味わっている大人として出会いを大切にしていきましょう! 

                                                        
日本キリスト教団高砂教会主任牧師 教会学校校長 新谷和茂

 

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新谷主任牧師 / 07:16 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆ たとえ周回遅れであってもいいじゃないか! ☆ ** ホザナ通信2016年1月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆ たとえ周回遅れであってもいいじゃないか! ☆ ** ホザナ通信2016年1月号より

 ホザナ通信を愛読下っている皆様、こんにちは。
新年が明けて早1ヶ月が経ちました。年々月日の流れるのが早く感じます。


しっかり生きないと!と自分を励ます日々です。( 画像は顔じゃんけん中の新谷牧師です2017.08.26)

 私は『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』(樋野興夫著)を読みました。
樋野氏は順天堂大学医学部病理学・腫瘍学教授で、クリスチャンです。
樋野氏は、2008年から「がん哲学外来」という働きを始めています。
それは医療行為を行う場所ではなく、がんで不安を抱えた患者と家族を対話を通して支援する働きです。
この「がん哲学外来」に不安に呵まれてやって来た人達が、笑顔で帰っていくそうです。
この働きは今や「がん哲学カフェ」という名前で全国に拡がっています。
この本は、この働きから生まれた「言葉の処方箋」集です。
その一つをご紹介します。

 人生なんて相対的なものです。
誰が先頭を走っているかなんて傍目にはわかりません。
たとえ一周遅れになったとしても、ある人から見たら、案外、あなたが先頭を切って走っているように見えるのかも知れません。
 私は子どもの頃から足が遅かったので、マラソンではいつもトップから周回遅れでした。
当時は悔しく恥ずかしい思いをしていましたが、いま振り返ると「人生は一周遅れぐらいのほうがちょうどいい。ゆっくり走ると、ゆとりが生まれる。人生はゆとりを持って品性を保ちながら走り続けることが大切」と感じます。
 トップでゴールできればそれは確かにすばらしい。
しかし、トップの人だけ価値があって、ビリの人には価値がないかというと決してそうではない。
ビリでゴールした人にもトップとはまた違った価値がある。
周回遅れになっても、最後まであきらめずに走り終えた人の姿に私達は感動したり、勇気づけられたりします。
周回遅れの人にも周回遅れなりの責任があるのです。
私をそれを「1周遅れの先頭の責務」と呼んでいます。

 病気になって人に遅れを取ってしまったからといって焦らなくてもいい。
失敗して無駄な時間を使ってしまったからといって焦らなくてもいい。
うまくできないからといって焦らなくてもいい。
むしろゆとりを持って、品性を保ちながら続けることが大事です。
人生は相対的です。
息を切らして必死の形相で戦闘を走るよりも、鼻歌を歌いながら1周遅れぐらいがちょうどいいのです。

 正に言葉の処方箋ですね。
肩の力がスーッと抜けませんか!人生、そんなに気負わなくてもいいのだ…と心が安らぎ、返って力がでてきます。
 朝の連続ドラマ「あさが来た」が流行に流行っています。
九転十起のあさの成功物語です。
私も感動し励まされ、目を離すことが出来ません。
と同時に「皆があさのようになる必要はないんだ!」とも思わされます。
あさの姉はつも、裕福な両替商に嫁ぎましたが、時代の流れに乗りきれず倒産し一家で夜逃げ。
人目を避けて農家の手伝いをしながら暮らしました。
その後和歌山県に引っ越しし、みかん農家として生きていきます。
過去に縛られず、前を向いて生きていく覚悟をし、みかん作りに誇りを持って生きている姿に清々しさを感じます。
 樋野氏が言うように、人生は相対的なものなのです。
決して人生を比較して優越感・劣等感を持つ必要はありません。
自分の人生を主人公として天に恥じない生き方をすればいいのではないでしょうか。
周回遅れになっても、最後まで走りきった姿に天は感動してくれます。

「わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。」?テモテ4章7節


日本キリスト教団高砂教会主任牧師 教会学校校長 新谷和茂

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新谷主任牧師 / 10:29 / - / -
〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆浅子から学ぶ ☆ ** ホザナ通信2015年11月号より 

〜 新谷牧師のひだまりエッセイ 〜 ** ☆浅子から学ぶ ☆ ** ホザナ通信2015年11月号より 

 みなさん、お久しぶりです。お元気ですか?いよいよ冬将軍到来で冬本番です。
元気に明るくクリスマスシーズンを迎えたいですね。


 さて、NHK朝ドラ「あさが来た」が高視聴率を挙げています。
私も毎日楽しみに見ています。
特徴的なのは男性ビジネスマンにも人気があるという点です。
ドラマの中にビジネスヒントが盛りこまれているからだそうです。
 ヒロインあさのモデルは広岡浅子という人物。
彼女は晩年にクリスチャンになっていますので、キリスト教界もこのドラマに対して始まる前から注目していました。
そして本が出版されました。
「浅子と旅する。−波乱の明治を生きた不屈の女性実業家−」(いのちのことば社フォレストブック)です。
読んでみると、広岡浅子の人生の分厚さに驚きました。
読みやすいので是非ご一読ください。
 彼女は男尊女卑の強かった幕末・明治・大正という時代にあって、炭鉱事業、生命保険会社、日本女子大学等の事業を興していきました。
彼女の口癖は「九転び十起き」。
「七転び八起き」では納まらないほど努力する!
ということです。
ですから彼女は、当代きっての重鎮達(渋沢栄一、伊藤博文、大隈重信など)とも対等に渡り歩いて、多くの事業を成し遂げていったのでした。
 連ドラのあさの口癖の一つは「なんでだす?」です。
当時の人々が当たり前だと思っている習わしや在り方に対して「なんでだす?」と疑問を投げかけ、変えるべきものと変えてはならないものを見極め、新しい発想・新しい生き方を模索しています。
実在の浅子は「なんでだす?」とは言っていなかったでしょうが、彼女は政略結婚や妾のように、女性が物のように扱われることに強い疑問を抱いて成長していったようです。
そして、女性も男性と同じ人間であり、決して男性に劣るものではない!との信念を持っていたからこそ、女子教育を提唱する成瀬仁蔵と出会い、女子教育に命を注いでいったのでした。
 やがて敏腕の浅子はキリスト教と出会い、クリスチャンとなっていきます。
そのキッカケは乳ガンでした。死を覚悟して手術をし一命を取り留めました。
この時浅子は神の存在を意識し、「天はなほ何かをせよと命を貸して下さった」と感じたようです。
それからというもの、宮川経輝牧師や山室軍平牧師等と出会い、聖書を学ぶようになりました。
1911(明治44)年クリスマスに、浅子は日本基督教団大阪教会で洗礼を受けました。
その日は9名の子供達が洗礼を受けることが先に決まっておりました。
百戦錬磨の女性実業家の浅子は、「是非子供達と一緒に洗礼を受けさせてほしい」と願い、子供達に混ざって洗礼を受けたのです。
神の前で彼女の心が謙遜にされていた証しです。
 浅子が創った和歌が残っています。

          思いきや 外にも求めし とこしへの
              命は我が うちに在りとは

 浅子自身、妾の子供として生まれ三井家で育ちました(朝ドラではそうではそういう設定にはなっていません…)。
浅子は絶えず男性達と張り合い、自分の力で頑張ってきました。
表現を変えるなら、外に幸福をもとめる人生でした。
しかし生涯の最後に、やっと心の底から甘えることができるキリストに出会い、永遠の命を内に頂いている喜びを体験したのです。

上記の和歌はそんな浅子の心を表しているのではないでしょうか。
 私達の人生にも、外にある幸福を追い求める時期と内に既にある幸福を噛みしめる時期とがあると思います。
人生には両方が必要でしょう。
しかし最終的には内にある幸福が残るのだと思います。
そして内ある幸福を大切に育てる人が心満たされる人生を歩むことになります
                                                        
日本キリスト教団高砂教会主任牧師 教会学校校長 新谷和茂

 

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新谷主任牧師 / 12:39 / - / -